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第15話 同じ景色を見たくて

「うーん……うーん……」


 

 宿屋の前の広場に、唸り声が漂う。


 ユリアは地面に腰を下ろし、目の前に浮かべた小さな炎をじっと見つめていた。


 炎は揺れて時に消えそうになり、また戻る。

 どこからどう見てもただの炎。

 

 中心が黄色く、外側に向けて赤みがかっている。

 それ以上の視覚的情報はない。


 眉間に皺が寄り、口元がへの字に曲がる。

 どれだけ目を凝らしても、炎の中に何も見出せずにいた。



 本当に、()()()()()なんて、目に見えるのだろうか――――






 * * *






「鑑定スキル……教えて」


 

 いつも雑然としているドクトルの研究室――――もとい宿屋の一室。


 積み上げられた書物、乾きかけたインクの匂い、どこかに転がっている羽根ペン。

 部屋の中心にどっかりと座っているドクトルに向けて、ユリアは思い切って口を開いた。

 


「へえ、どうして?」


 

 ドクトルは振り返りもせず、書類をめくりながら問いを返す。

 


「サクトシと……同じ景色を見たくて――――」


「同じ景色を見て、どうするの?」


「サクトシみたいに……強くなりたいなって……」

 


 言葉にしてしまうと、少し恥ずかしいけれど、嘘はない。

 

 サクトシは私なんかより強い。

 あの人が当たり前のようにできていることを、自分もやってみたかった。


 ドクトルはようやく手を止め、こちらを振り返った。


 

「いいかい? サクトシは異常だよ」

 


 あっさりと言った。

 


「あの子みたいにすぐ全てのものが鑑定できるようになるわけじゃない。普通はね」


「……分かってます」


「分かってる?」

 


 ドクトルは少し目を細め、ユリアをじっと見た。

 ただ静かに、穏やかな目だった。



「ユリアのステータスの特徴は魔力量の多さだ。その年齢にしてはあまりに多くの魔力を保有している。でも、多くの魔力を保有しているからといって、それを全て自在に使いこなせるかというのはまた別の能力だ」


 

 今のユリアは、ただただ魔法のパワーが強い魔法使いって感じ。

 簡単にいうと魔法型ゴリラだね。


 あはは、と笑いながらドクトルは言う。

 

 なんだか、馬鹿にされてない?



「だからユリアは――――強力で単純な魔法を使う方が、きっと強いよ」


「……」



 ドクトルは頬杖をついて、こちらを見据える。

 

 その表情は、人を馬鹿にするようなものではなく、誠実なもの。

 きっとそれはいつものように適当なことを言っているわけではなく、年長者としての真摯なアドバイスだったのだろう。

 

 

「鑑定スキルは緻密さを求められるもの。私のような研究者が覚えるスキルなんだ。これを覚えられたからといって、普通に生きていく分にはなんの役にも立たない」


「でも……」

 


 暗に、やめておけと言われていることは分かっていた。

 

 習得に10年も費やしているのだ。

 止めるのは当然なのだろう。

 

 

「――――サクトシに置いていかれたくないんだね」


 

 ユリアは何も言えなかった。

 

 そう――――ただ置いてかれたくないだけ。

 離れたくないだけ。

 今の心地よい居場所を失いたくないだけなのかもしれない。


 ただの、子供のわがままなのだ。



 すると、ドクトルはパタパタと書類を片付けて――――というかそこら辺に放り投げて――――こちらに歩み寄る



「鑑定スキルは0か100かじゃない。とある特定の部分に特化して、鑑定できるというのもありだ」


 

 それだけでも、魔法使いなら自分の魔法の理解に繋がる。


 だから――――



 ドクトルは私の頭に手を置いて、優しく助言した。

 

 

「まずは、自分の魔法を理解して、それを伸ばしなさい」

 





 * * *

 



 


「鑑定スキルの鍛錬ですか?」

 


 すると、後方から声をかけられる。

 箒を持ったジローが、宿屋の入り口に立っていた。


 掃除中だったのだろう。


 

「……そんなところ」

 


 ユリアは炎から目を離さずに答える。

 それに対し、ジローは苦笑いを浮かべた。

 

 

「無茶ですよ……ドクトルさんでも習得に10年かかったスキルですからね」


「正直……ドクトルがそんなに凄い人とは思えないんだけど……」

 


 あのちゃらんぽらんで適当な彼女のどこに凄いところがあるのか――――

 今の所、家賃を踏み倒している()()()――――働かない人のことを指す。サクトシが教えてくれた言葉だ――――という印象しかない。

 


「あの人、実力はきっと確かですよ」

 

「そうなの……?」


 

 ジローの口調は穏やかだったが、どこか確信に満ちていた。



「はい。いっつも研究書類の掃除とかさせられるんですけど……内容が嫌でも目に入ってしまうんです。でもよく見てみるとですね、なかなか凄いことが書いてあるんですよ」


「ふ〜〜ん」


 

 ユリアは相槌を打ちながら、また炎に意識を向けた。



「……で、ドクトルは何をしてるの……?」


「部屋で寝てます」


「やっぱり……ろくでなし……」



 どうにも、凄い人には思えない。

 サクトシ達はモンスターの討伐クエストをやりに、朝から出かけていったというのに……

 


「まあでも、きっとああいう余裕を持った人が、なんだかんだ世界的に有名な冒険者とか魔法使いになったりするのかもしれないですよね〜〜」


「……」


 

 ジローはのんびりとそう言って、宿屋の中へ戻っていった。


 広場に、また静けさが戻った。


 炎だけが、ゆらゆらと揺れ続けている。



 鑑定スキルをあんなに簡単に会得したサクトシも、きっとすごくなる。


 あの二人は、きっと特別なんだ。


 

 私のことなんて、すぐに置いていってしまうのかな。



「私も……私にしかできない、特別な何かが欲しいな……」



 


読んでくださりありがとうございます。



主人公がこの先どうなっていくのか、ぜひこれからも見守ってあげてください。

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