第14話 蝋燭の揺らめき
日はすでに落ち、不気味なまでに静かな夜が訪れる。
虫の声すらも聞こえない、カボナッチの喧騒からも少し離れたこの場所。
そこに、巨大な屋敷があった。
まるでそこら一帯に威厳を知らしめるかのような、大きな敷地と豪勢な建物。
闇の中、誰一人としてそこに近寄る者はいない。
すると、そんなところに誰かが現れる。
暗闇よりも濃い、漆黒の甲冑を身に纏った騎士。
歩くたびに周りに殺気のような威圧感を撒き散らす。
この世の者とは思えないような、黒い騎士であった。
そんな、一人の黒い騎士が、屋敷に向けて歩みを進める。
騎士が屋敷の玄関の前に着くと、示し合わせたかのように重い扉が開いた。
「さっさと入れ」
甲冑をつけた兵士が、冷えた声で黒い騎士を呼びつける。
騎士の眉がぴくりと動いたが、特に何も言わず、中に入る。
足音は大広間の石畳に吸い込まれ、消えた。
燭台の炎がわずかに揺れ、高い天井へと伸びる影を乱す。
上座には一人の女性が座っており、その顔は薄暗がりの中に沈んでいた。
「ここに呼び出した理由は、分かってるでしょうね?」
彼女の声には明らかに苛立ちが含まれている。
「ターゲットがまだ生きているのよ……! 数日前、マサキ宛にターゲットから手紙が送られてきた――――」
次の瞬間、女は立ち上がり、傍らの椅子をバンと叩いた。
乾いた衝撃音が広間に響き、燭台の炎が一斉に揺れる。
「暗殺を依頼したわよね!? 殺したんじゃなかったの!?」
ヒステリックな声をあげ、女は黒い騎士を糾弾する。
だが、黒い騎士が動じた様子はない。
「ふん……死体が見つからないように、ダンジョンの下層に捨てろと指示したのは貴様らだろう。俺はその指示に従ったまでだ」
あくまで指示通りに動いたと主張する騎士。
心底うんざりしていると言わんばかりに、溜め息を吐いていた。
悪びれた様子のない騎士に対し、女の頬が強張った。
「でもそれじゃ死ななかった……どっかのバカな冒険者が拾ったの違いないわ――――今すぐやり直しなさい! もう方法は問わない!」
女の語気が次第に強くなっていく。
一方的に、憤りをただ目の前の騎士にぶつけるかのように、怒鳴りつけていた。
「こんな半端な仕事は認めない! それでも有名な暗殺集団なの!?」
「黙れ」
低い声だった。
二人の間でひっそりと揺れていた蝋燭の炎が、大きく揺れる。
兜の奥からの鋭い眼が、女を高圧的に睨みつけていた。
「貴様らのような低俗な者の言葉など聞かぬ。帰らせてもらう」
「おい、どこへ――――」
入り口近くで待機していた兵士が、反射的に槍を横に構えた。
しかし次の瞬間――――兵士の首が飛んだ。
「!?」
ぼたりと落ちる。
それ以外に、音はほとんどしなかった。
鮮血が石畳を黒く染める前に、暗黒騎士はすでに剣を収め、その刃をじっと見下ろしていた。
「くそ……下賤なものの血で我が剣が汚れてしまった」
騎士の眼が一層鋭くなり、漆黒の鎧が怒りで震える。
鎧が擦れるかちゃかちゃという音が、兵士がいなくなった広間に不気味に強調されて響いていた。
「ちょっと――――」
「これ以上呼び止めるなら、貴様も殺すぞ」
再び、殺気を込めた視線を向けられ、女は唇を引き結んだ。
言葉が喉の奥で詰まる。
暗黒騎士はそれ以上は何も言わず、振り返ることなく扉をくぐり、闇の中へ消えていった。
「忌々しい……」
しばらくの間、女は石畳に広がる赤黒い染みを眺めていた。
やがてゆっくりと息を吐き、爪を掌に食い込ませるほど強く手を握った。
これも全て、あいつが悪い。
生き延びているあいつが、全ての元凶だ。
あいつのせいで――――私たちは認められない――――
「すぐにカボナッチの街に人を送りなさい……あの娘を捕らえるのよ……!」
燭台の炎が、また一度、大きく揺れた。
* * *
「くそ……なぜこの俺が、こんな地方の任務をこなさなければならないのだ」
石畳の路地を歩きながら、何度も何度も剣を布で拭き取る。
だから嫌だったのだ。
強者の血を飲まなければ、剣の輝きは鈍る。
弱者をいたぶる趣味はない。
なんの力もない娘を攫ってダンジョンに捨てるなどという依頼、本来なら受けないはずだった。
だが、奴の口八丁でまんまとこの依頼を受けさせられている。
奴――――「仮面の男」のせいで……
「仮面の男」は何を考えている……?
なぜわざわざ、この辺境の、取るに足らぬ依頼のためにこの俺を……
脳裏に浮かぶのは、先ほどの大広間でも逃げた娘のことでもなく――――「仮面の男」のあの珍妙な仮面姿だった。
それに――――あの娘が生きているということも不可解だ。
娘を捨てた場所はダンジョンの深層。
上級冒険者でも立ち入ることが憚られる場所だ。
しかも、あのエリアは「エリアボス」を討伐しない限り、外からも内からも出入りすることはできない仕組みになっている。
あんなガキ1人が生きていられる場所ではない。
かといって、あのダンジョンを攻略しようという上級冒険者の情報は入っていなかった。
まさか、あの娘が自力でダンジョンをクリアした――――なんてな。
まあとりあえず、これでもうこの依頼とは無関係。
二度とこんな何もない街になど来るものか。
街道を外れ、人気のない林の縁に差しかかった時――――
羽音もなく、影が落ちた。
「――――!」
黒い烏だった。
騎士の目の前の木枝に降り立ち、まるで最初からそこにいたかのように、じっと動かない。
その細い脚には、小さく折り畳まれた紙が結わえられていた。
「これは……新たな指令か?」
騎士は無言で紙を解く。
文面は短かった。
読み進めるうちに、男の目が留まった。
「――――なるほど……こっちが本命というわけか」
黒い烏と騎士が、音もなく夜空へ溶けていった。
読んでくださりありがとうございます。
主人公がこの先どうなっていくのか、ぜひこれからも見守ってあげてください。
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