第10話 こんな格好でまともに働いているとでも思ったのか?
まだ疲れが残っているだろうから、今日はもう眠りなさい。
そう言って、ドクトルは部屋を出て行った。
部屋の電気が消され、薄暗い世界が広がる。
そういえば、かなり自己本位で話が進んでしまった気がする。
僕はユリアの方に向き直り、頭を下げた。
「なんか変なことに巻き込んじゃったね。ごめんね」
「ううん……」
よく考えれば、ユリアには全然関係のないことだ。
ダンジョンを脱出できた以上、彼女を拘束する権利は僕にはない。
「家に帰りたいでしょ? 僕に構わず、自分のしたいことをしていいよ」
ユリアは誘拐されて、こんなところに連れてこられたのだ。
10歳ぐらいの子供、今すぐにでも家に帰りたいと泣き出して何もおかしいことはないのである。
だが、ユリアは落ち着いたまま、首を振る。
「えっとね……私……お金持ってないの」
ここがどこか正確には分からない。
もしかしたら、ユリアの家から遠く離れた場所かもしれない。
その場合、家に帰るにしても旅費が必要だ。
一文無しでは移動もままならない。
「だから……今日はどのみち、この家にお世話になるしかなかったの……」
「確かになぁ……」
案外、冷静な子なんだよな。
ダンジョンで一緒に過ごしている時もそうだった。
妙に達観しているところがあるのだ。
「それに――――」
ユリアが何かを言いかける。
部屋が暗くてよく見えないが、彼女の顔が赤くなっているようにも見えた。
「ん? なんか言った?」
「……なんでもない」
そう言って、ユリアは布団の中に隠れてしまう。
しばらく、沈黙が流れた。
布団の隙間から、ユリアのうなじがのぞいている。
よく考えると女の子と同じベッド寝てんだよなあ。
ユリアなら俺の隣で寝てるよ状態。
まあ、僕は紳士なので、寝込みを襲うようなことはしないけどね。
僕は彼女の様子を特に気にすることもなく、部屋の窓の方を見た。
窓の外には、美しい半月が浮かんでいる。
その周りには点々とした星。
周りに建物が少ないのか、絵画のようなその光景だけが窓の外にあった。
夜空が見えて、改めて僕達は外に出ることができたんだと実感する。
「まあとにかく……無事にダンジョンを脱出できてよかったよ」
「そうだね……」
「あのボス、並の冒険者じゃ倒せないらしいぜ。僕達すごくない?」
「……サクトシがすごいんだよ」
「いやいや、ユリアの魔法がなかったら勝ててなかったでしょ?」
「……そうかもね」
僕がユリアに喋りかけて、彼女がぽつりぽつりと返す。
ダンジョンの時から続く変わらないやり取りだが、いつもよりも安心感があるのは、ここが平和な場所だからだろう。
ただ、ユリアはもう眠いのかもしれない。
僕の体の場合、体力は1時間で元に戻ってしまうので、そこまで身体的には疲れを感じてはいないのだが、それでも精神的な疲れはまだあるかもしれない。
「……今日はもう寝ようか」
「うん……おやすみ」
「おやすみ」
こうして、僕達はようやく、安全に眠りにつけたのである。
* * *
実験体生活2日目。
僕は布団から立ち上がり、思いっきり伸びをする。
窓からは朝日が入り、心地よい気分だ。
さて、今日から心機一転。
初手からいきなりダンジョン生活というハードモードだったが。
今日からは新しい異世界ライフの幕開けた。
気持ちを切り替えて、新しい生活に胸を躍らせていると――――
「緊急事態だ」
ドクトルがすごい勢いで部屋に入ってきた。
びっくりしたぁ……
ユリアも気持ちよさそうに寝ていたのに、ビクッと起こされていた。
「な、なんですか急に……何があったんですか?」
「実はな――――」
ドクトルは勿体ぶるように深呼吸をする。
「金が底を尽きた」
「へ?」
ドクトルは済ました顔をしている。
何だかよく分からず、僕はドクトルに聞き返した。
「研究費用がってことですか?」
「いいや、生活費も全部だ」
「ええ……」
そんな大学生みたいなノリで……
よくそれで、衣食住を保証するとか言ってたな。
「いや、なんか収入とかないんですか? 働いてないんですか?」
「私がこんな格好でまともに働いているとでも思ったのか?」
そんな威張られても……
いかにも本格的な研究施設であり、ドクトルも立派な研究者なのかと思っていたが、もしかして全くそんなことない?
「ドクトル……ろくでなし」
「まあ待て、これにははっきりとした要因がある。この世の全ての事象には、必ずそれを引き起こす要因があるんだ」
「要は言い訳したいだけでしょ……」
まだ会ったばかりだが、この人がどんな人なのか何となく分かった気がする。
ただのダメダメなお姉さんだ。
「で、どうするの? なんかお金借りたりとかはしてないよね?」
「そうなんだよ。もうすぐその取り立てが来る時間なんだ」
「ええええええっ!?」
もっと早めにやばいって気づけよ。
その時、玄関の向こうから気配がした。
明らかに、穏やかな足の音じゃない。
もしかして、借金の取り立てが来たんじゃないか?
「ど、どうする……!? なんか言い訳考える? 急にこう、財布落としちゃってみたいな……」
「悪い人だったら……そんなのおかまいなし……」
そ、そんな……
現実世界だとちょっと水道料金延滞するだけだったら、水が止まったりするくらいで済んだけど……
この異世界という無法地帯で、謝るだけで済むのだろうか……
「いや、私達がやるべきことは簡単だ」
「え?」
そう言って、ドクトルは玄関の方に向かう。
そして、何故か扉の隣の壁に背中を預けた。
扉の向こうの気配が徐々に大きくなる。
こちらに大股で近づいてきているのが分かった。
しばらくすると――――
扉をノックもせずに誰かが入ってきた。
「おい! 今日こそは金を支払って――――」
「はいど――ん!!」
ドクトルは入ってきた人物の後頭部を傘で殴りつけた。
「ええええええええっ!!?」
とんでもない音がして、入ってきた誰かはすごい勢いで前に倒れる。
「え、これって――――」
だが、そこで気づいたのは、その人物の背丈が小さかったということ。
入ってきたのは、僕達とそう変わらない子供だった。
「――――えっと……」
傘を振りかぶった状態で固まっているドクトルを、僕達は抗議の意を持って見つめる。
どうすんだよこれ。
子供殴り飛ばしちゃったよ。
髪が金色で僕達とそう変わらない年齢の男の子。
思いっきり後頭部を殴られたその子は、目を回していてしばらくは動けないだろう。
「あらら……やり過ぎちゃったね」
ドクトルのことは無視し、僕とユリアでその子を安全なところまで運ぶ。
幸い、ステータスを見る限り、体力が危険な数値まで下がっていたりなどはしないので、僕のスキル「回復薬生成」で作った回復薬で正常な状態まで戻るだろう。
処置を終えると、その子はパチリと目が覚めた。
「ここは――――ハッ!?」
途端に、ガバッと体を起こしてこちらをキッと睨む。
緑色に光る目が、鋭くこちらを見つめていた。
「今日こそは金を払ってもらうぞ!」
どうやら、この子がドクトルの言っていた借金の取り立てで間違いないみたいだった。
どんなにイカつい奴が来るのかと思いきや、こんな気の弱そうな子供だったなんて。
僕は試しに威嚇してみる。
「おうおう、人ん家に押し入って悪党気取りか? このマセガキ」
「お前が言うのかよ」
え? 今僕マセガキって言われた?
まあ、体は子供、頭脳はおっさんのこどおじなのでませてて当然なんだけど。
「うるさい! 早く払ってくれないと――――」
すると、最初の威勢がどんどん弱まっていく。
彼は俯いて、震え始めた。
「お父さんもお母さんも、戻ってきてくれないんだ……!」
少年は涙をこぼす。
予想外の反応に、舐められまいと詰め寄っていた僕の体が、固まってしまった。
「――――詳しく……話を聞かない……?」
ユリアが提案する。
どうやら、それが良さそうだ。
僕達は冷静に、その子の話を聞くことにした。
その子の名前はジロー。
この宿屋のオーナーの息子らしい。
ここ――――「カボナッチ」と呼ばれるこの地方の領主が、数年前から突如、カボナッチに住む住民から徴収する税金を高くした。
元々、経営難だった宿屋――――嫌気がさしてしまったここのオーナーは、ジローを置いて夜逃げしてしまったらしい。
なんとか一人でも経営を続け、生活費を削って税金を納め続けていたが、いよいよ限界だという。
だからこそ、現在ここに宿泊しているドクトルの元に取り立てに来たというのだ。
――――ってか、ここ宿屋なのかよ。
あちこちに研究資材や資料が散らばってるし、私物化し過ぎだろ……
「税金……お母様……」
ふとユリアの方を見ると、複雑な表情をして、何かをぶつぶつと言っていた。
ほら、ユリアですらこの状況にドン引きしているに違いない。
「もうお金がなくて、生活が厳しいんです……そこのお姉さんが、家賃を払ってくれないから……」
「えっと……」
僕はジロリとドクトルを見る。
「いやいや、先月分は払ったじゃないか。今月分はまだだけど……」
「もう3ヶ月分も払ってもらってません……」
「――――って言ってますけど……」
もしかして、普通にこの人が悪いのでは?
子供相手に何やってんだ……
「とにかくだ。これでやることは簡単になったな」
え、何急に……?
突然仕切り直したドクトルを皆、怪訝な表情で見つめる。
「ようやく働く気になったんですか……?」
「そう、皆で働けば問題は一気に解決する」
え?
勝手に僕達も働くことになってんだけど……
「この世界で一番稼げる職業といえば――――冒険者でしょ」
読んでくださりありがとうございます。
主人公がこの先どうなっていくのか、ぜひこれからも見守ってあげてください。
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