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第91章:七月の席替えと、呪われたくじ引き箱


嵐の前の静けさ


7月上旬。 梅雨が明け、本格的な夏が始まろうとしていた頃。 2年2組の教室は、期末テスト明けの気だるさと、夏休みへの期待で浮き足立っていた。

「よーしお前ら! テストもお疲れ! 気分転換に席替えをするぞ!」

担任の角田先生が、黒板に極太の文字で『席替え ~夏の陣~』と書き殴った。

「今回のルールはシンプルだ! くじ引き! 文句はなしだ!」

俺、古田降太は祈った。 狙いは一つ。「窓際の一番後ろ」。 そこなら、授業中にこっそりスマホを取り出して、画面の中の櫻子先輩デジタルと涼むことができる。 4月にコアを発見して以来、先輩との「スマホ越しの会話」は俺の日常になっていた。

「へへっ、古田。俺は狙ってるぜ」

隣の席の赤城烈兎が、ギラギラした目で俺を見る。

「お前の隣だ。夏休みの宿題も写させてもらうからな!」

「お断りだ。今度こそ自力でやれ」

さらに、教室の前方からは、綿貫なのはさんの熱視線を感じる。

(古田くんの隣……! この梅雨にオカルト部で開発した『愛の引力・改』を使う時が来たわ!)

なのはさんが、懐から怪しげな「ピンク色の粉」を取り出し、くじ引き箱の方へ念を送っている。 ……嫌な予感しかしない。


呪われた箱


「よし、くじ引き開始だ! 出席番号順に引け!」

生徒たちが次々と教卓へ向かう。 くじ引き箱は、角田先生が愛飲しているプロテインの空き容器(業務用3kgサイズ)だ。

「……なんか、箱から変な音がしないか?」

俺は耳を澄ませた。 ガサゴソ……キキキ…… 箱の中から、何かが這い回るような音が聞こえる。

「なのはさん、まさか……」

俺がなのはさんを見ると、彼女は青ざめていた。

「ち、違うの! さっき『運命の糸』を結ぶために、箱の中に式神(折り紙の鶴)を数体忍ばせたんだけど……なんか様子が変なの!」

「また余計なことを!」

どうやら、なのはさんの強すぎる念と、角田先生の筋肉オーラ(生命力)、そして梅雨明けの高温多湿な環境が化学反応を起こし、箱の中の折り鶴が簡易的な怪異(付喪神の一歩手前)に変質してしまったらしい。

「次! 古田!」

俺の番が来た。 俺は恐る恐る箱に手を突っ込んだ。

ガブッ!!

「痛っ!?」

指先に鋭い痛みが走る。 引き抜くと、指には牙の生えた折り鶴が噛み付いていた。

「うわあああ! 鶴が噛んだァァァ!」

「な、なんだそれは!? 新種の生物か!?」

角田先生が驚く。教室はパニックになった。 箱から次々と、狂暴化した折り鶴たちが飛び出し、生徒たちを襲い始めたのだ。

「キャーッ! 髪の毛引っ張らないで!」 「俺の教科書を食うな!」

デジタル先輩の助言

「くそっ、どうすれば!」

俺はポケットのスマホを取り出し、アプリを起動した。 画面の中の部屋で、櫻子先輩がカキ氷を食べている。

『あらあら。随分と賑やかね』

「先輩! なのはさんの折り鶴が暴走してます! どうにかできませんか!?」

先輩は、画面越しに教室の惨状(飛び交う殺人折り鶴)を見て、クスクスと笑った。

『可愛いわね。……あれは「欲望」に反応しているのよ。「隣になりたい」「窓際がいい」っていう邪念を餌にして暴れているの』

「欲望……!」

『鎮めるには、「無心」になることね。あるいは、もっと大きな衝撃で欲望を吹き飛ばすか』

「無心なんて無理ですよ! みんな必死なんだから!」

なら、衝撃だ。 俺は、暴れまわる鶴をバット(掃除用具入れから出した)で打ち落とそうとしている赤城を見た。

「赤城! お前の出番だ!」

「おう! 任せろ!」

「あの箱に向かって、お前の持ってる一番『どうでもいいもの』を投げろ!」

「どうでもいいもの!? ……よし、分かった!」

赤城はポケットから、いつ入れたか分からない「くしゃくしゃのレシートの塊」を取り出した。 そして、ワインドアップ。

「うおおおお! 消えろ、煩悩ォォォッ!!」

ズバンッ!!

豪速球がくじ引き箱(プロテイン容器)に直撃した。 ドォォォォン!! 凄まじい衝撃音と共に、箱が粉砕される。 その衝撃波で、飛び回っていた折り鶴たちが一瞬でただの紙切れに戻り、ヒラヒラと舞い落ちた。

「……やったか?」

決着、そして結果

教室に静寂が戻った。 床には、大量の折り鶴の死骸(紙くず)と、散らばったくじ(座席番号)が落ちている。

「……こ、これは無効だ!」

角田先生が叫んだ。

「箱が壊れた! くじもバラバラだ! ……仕方ない、今回は『先生の独断』で席を決める!」

「「「えええええーーっ!!」」」

阿鼻叫喚のブーイング。 しかし、逆らえる者はいない。 角田先生は、黒板にチョークで座席表を書き殴った。

数分後。 発表された俺の席は――。

【教卓の目の前(最前列中央)】

「……終わった」

俺は絶望した。 ここじゃ、授業中にスマホを見ることも、早弁も、居眠りもできない。 完全なる監視下だ。

「へへっ、ドンマイ古田」

右隣の席には、ニカっと笑う赤城。 左隣には、申し訳無さそうにしているなのはさん。

「ごめんね、古田くん……。私のせいで……」

「いや、いいよ。……退屈はしなさそうだ」

俺はため息をつきつつ、ポケットのスマホを撫でた。 画面の中では、櫻子先輩が『一番前の席なんて、真面目で素敵よ?』と笑っている気がした。

こうして、俺の2年生の夏は、最前列という特等席から始まることになった。 そして、この夏こそが、スマホの中の先輩と一緒に過ごす「初めての夏休み」になることを、俺は楽しみにしていた。


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