第90章:熱暴走する翻訳機と、秋葉原の冷却術
フィルターの悲鳴
6月下旬。湿度の高い梅雨の午後。
俺たちは、サウナのような熱気に包まれた地下の配管室にいた。
「アッツイ……! なんだこの熱気は!」
「少年! 近づくな! 爆発するぞ!」
加藤先生(25歳)が叫ぶ。
その視線の先にあるのは、システムの一部である「多言語ラジオ(第2のアーティファクト)」だ。
泥の中から「未練」を濾過する【フィルター】の役割を担っているこの機械が、今は真っ赤に発熱し、煙を上げていた。
『Achtung!(危険!)』
『Caliente!(熱い!)』
『Fire! Fire!(火事だ!)』
スピーカーからは、各国の言語で「熱い」という悲鳴がノイズ混じりに垂れ流されている。
真空管がオレンジ色に輝きすぎて、今にも溶けそうだ。
「処理落ちしてるのね……。湿気と気温の上昇で、放熱が追いついていないわ」
櫻子先輩が氷嚢を当てようとするが、水蒸気になって一瞬で蒸発する。
「このままじゃフィルターが溶けて、悪意がパイプに詰まるわ!」
「修理だ! だが、こんな霊的な真空管、どこで直せる!?」
「……心当たりがあります!」
俺はリュックを開いた。
以前、先輩のデータをスマホに移してくれた、あの人を頼るしかない。
「俺が秋葉原まで走ります! 先生たちは冷却(扇風機)をお願いします!」
俺は熱々のラジオを耐熱シートに包み、地上へと駆け上がった。
再び、電脳宮へ
電車に揺られて秋葉原。
俺は汗だくで裏路地のジャンクショップ『電脳宮』の扉を開けた。
「博士! 緊急事態です!」
「む? その声は……古田少年か」
カウンターの奥から、ボサボサ頭の店主・博士が顔を出した。
手には半田ごてを持っている。
「どうした、血相を変えて。またスマホのデータが飛んだか?」
「違います! こいつを見てください!」
俺はカウンターにラジオを置いた。
包みを開けた瞬間、ムワッとした熱気と、『So hot...』という怨嗟の声が漏れ出す。
「ホウ……。こいつはまた、年代物の真空管じゃな。それに、凄まじい『念』の熱量を感じる」
博士はルーペを取り出し、興味深そうに観察した。
「こりゃあ酷い。霊的な不純物を濾過しすぎて、真空管の中に『情念の煤』が詰まっておる。人間で言えば動脈硬化と熱中症の併発じゃな」
「直せますか!?」
「ふむ。普通の修理じゃ追いつかん。……『魔改造』が必要じゃな」
博士のメガネがキラリと光った。
嫌な予感がするが、頼むしかない。
「お願いします! なんでもやってください!」
霊的冷却システム
「よし。いいか少年、真空管というのはな、熱を持つほどに『良い音(霊の声)』を拾うが、限界を超えれば自滅する。必要なのは、『物理的な冷却』と『霊的な放熱』の両立じゃ」
博士は店の奥から、見たこともないパーツを次々と持ってきた。
1. ゲーミングPC用の巨大ファン(七色に光る)
2. ヒートシンク(放熱板)
3. 謎の銀色の液体(水銀?)
「まずは、このヒートシンクを真空管に直付けする。素材は『純銀』じゃ。銀は魔除けの効果と、熱伝導率が最強じゃからな」
ジュッ!
博士が手際よく銀の板を加工し、真空管に巻き付ける。
「次に、このファンだ。ただ風を送るだけじゃないぞ。ファンの羽には、微細な文字で『般若心経』が彫り込んである」
「えっ、手彫りですか?」
「レーザー刻印じゃよ。これを高速回転させることで、物理的な風と共に『浄化の風』を送り込み、熱(怨念)を散らすのじゃ!」
ブオオオオオオン!!
ファンが虹色に光りながら回転し始めた。
ゲーミングPCみたいに派手だが、風圧は凄い。
「そして仕上げに、回路のバイパス手術じゃ。詰まった念をスムーズに流すために、『金メッキの極太ケーブル』に換装する!」
博士の魔改造手術は、1時間にも及んだ。
店内には、半田の匂いと、時折聞こえるラジオのうめき声(『Oh...Yeah...』)が響いていた。
復活のラジオ(ゲーミング仕様)
「完成じゃ!!」
博士が叫んだ。
目の前には、生まれ変わった多言語ラジオがあった。
木枠のレトロな外観はそのままに、側面には巨大な銀色の放熱フィンが突き出し、背面では虹色に光るファンが静かに、しかし力強く回っている。
そして、配線は金ピカだ。
レトロフューチャーというか、サイバーパンクな見た目になっている。
「……すごい。熱くない」
触ってみると、ひんやりとしている。
真空管の輝きも、危険な赤色から、安定したオレンジ色に戻っていた。
『……System All Green. 快適デス。感謝シマス』
ラジオから、流暢な合成音声(日本語)が聞こえた。
ノイズも消え、クリアな音質になっている。
「おお! 喋り方も知的になった!」
「うむ。処理能力が上がったおかげで、翻訳機能も向上したようじゃな。これなら、今年の猛暑も乗り切れるじゃろう」
博士は満足げに頷いた。
「ありがとうございます、博士! これでお幾らですか?」
「なに、代金はいらんよ。……その代わり」
博士はニヤリと笑った。
「そのラジオが拾った『異界の放送データ』、あとで少し聞かせてくれんか? 未知の周波数は、ワシの大好物なんじゃ」
「……分かりました。録音しておきます」
やはりこの人も、マッドサイエンティストの類だ。
帰還と安定稼働
俺は改造されたラジオを持って、学校へ戻った。
地下の配管室に設置し、再起動する。
ブオオオオン……(般若心経ファン回転)
『Filtration Start.(濾過開始)』
ラジオは、以前よりもパワフルに、そして静かに稼働し始めた。
詰まっていた泥(悪意)が、スムーズに吸い込まれ、綺麗なデータと排水に分離されていく。
「やったな少年! 七色に光っているのは気に食わんが、性能は抜群だ!」
加藤先生も大喜びだ。
櫻子先輩は、光るファンを見て「あら、クラブみたいで綺麗ね」と楽しんでいる。
こうして、地下システムの熱暴走危機は、秋葉原の技術力によって回避された。
ただ、静かな地下室で、虹色の光が点滅し続けるシュールな光景だけが、新たな悩みとして残ったのだった。




