第86章:UMAハンターの講義と、邪神のペット事情
ハンターの饒舌
5月中旬。中間テスト前の部活動停止期間に入る直前。
オカルト研究部の部室(魔窟)では、珍しい光景が繰り広げられていた。
「いいか、古田。UMA(未確認生物)とは、単なる珍獣ではない」
ホワイトボードの前で熱弁を振るっているのは、普段は空気のように静かな男・ツチノコ先輩(3年・土屋)だ。
「彼らは、この世界の『テクスチャの裂け目』から漏れ出したバグだ。チュパカブラ、スカイフィッシュ、ツチノコ……。奴らは物理法則の裏側を歩く者たちだ」
「は、はい……」
俺、古田降太は圧倒されていた。
ツチノコ先輩、好きな分野の話になるとこんなに喋るのか。
「そして今、この学園に新たなUMAが侵入した形跡がある」
先輩は、部室の祭壇を指差した。
そこに安置されていたはずの「呪いの藁人形(なのは作・フェルト製)」が消えていたのだ。
「部室の守護神が連れ去られた。……犯人は、翼を持ち、粘液質の足跡を残す、体長50センチほどの生物だ」
先輩の目が、ハンターの鋭さを帯びた。
「狩りの時間だ、顧問。……行くぞ」
校庭のチェイス
俺たちは、ツチノコ先輩の追跡術に従って校内を捜索した。
先輩の動きは凄まじい。
廊下の隅、天井裏、茂みの影。
「気配遮断」のスキルを持つ彼は、音もなく移動し、痕跡を見つけ出す。
「……いたぞ。あそこだ」
旧校舎の裏手。紫陽花の植え込みの近く。
そこに、「それ」はいた。
見た目は、翼の生えたトカゲのようだ。
しかし、その皮膚は玉虫色にヌラヌラと輝き、顔には目がない代わりに触手のようなものが蠢いている。
どう見ても地球の生物じゃない。
「シャァァッ!」
トカゲもどきは、口にフェルトの藁人形をくわえたまま、威嚇してきた。
「確保する!」
ツチノコ先輩が、捕虫網(改造強化版)を構えて飛び出した。
速い。完全に死角からの強襲だ。
「ギチチッ!?」
網がトカゲを捉える。
しかし、トカゲは異常な力で網を食い破り、空へ飛び上がった。
「逃がすか!」
先輩はポケットからボーラ(投げ縄)を取り出し、空中のトカゲに見事に巻き付けた。
ドサッ!
トカゲが地面に落ちる。
「捕獲完了。……ふん、妙な生体反応だな。この世のタンパク質じゃないぞ」
櫻子先輩の鑑定
「先輩、ちょっと待ってください」
場所が場所だ。旧校舎の裏。
俺はバックドア(紫陽花の根元)に向かって声をかけた。
「櫻子先輩! ちょっと鑑定お願いします!」
すると、空間が揺らぎ、櫻子先輩が顔を出した(首だけ)。
「あら、騒がしいわね。……って、ヒッ!」
先輩は、網の中で暴れるトカゲを見て、顔を引きつらせた。
「な、なによその気持ち悪い生き物!」
「UMAです。学校に迷い込んでて……」
「違うわよ! それは……シャンタク鳥の幼生よ!」
「シャンタク……?」
聞いたことがない名前だ。
しかし、先輩は真っ青になって言った。
「マズいわ。それは、あの人のペットよ! 確か『ポチ』って名前で可愛がってたはずだわ!」
「ペットォ!?」
あの邪神、こんな冒涜的な生き物をポチと呼んで飼ってるのか。
「早く返してきなさい! 親(飼い主)が出てきたら、あなたたち消されるわよ!」
飼い主の登場
時すでに遅し。
空間が、バチバチと音を立てて亀裂を入れた。
そこから、ドス黒いオーラと共に、派手なスーツの男がぬらりと現れた。
「……オイ。誰や、ワテのポチをいじめたんは」
ニャルラトホテプだ。
いつもの軽薄な笑みはない。目が、完全に笑っていない。
その手には、お散歩用のリードが握られている。
「……ッ!?」
ツチノコ先輩が、凍りついた。
彼の「ハンターとしての本能」が、警鐘を鳴らしすぎてショートしているのだ。
目の前の男は、UMAなんてレベルではない。
「遭遇=死」の、絶対的な捕食者だ。
「あ、あの……これは……」
ツチノコ先輩が震える声で弁解しようとする。
しかし、ニャルラトホテプは冷酷に指をパチンと鳴らそうとした。
「害獣駆除や。……消え」
友達の特権
「待ってくれ!!」
俺は二人の間に割って入った。
「ニャルラトホテプ! 彼は俺の友達だ! 手出しはさせない!」
俺が叫ぶと、ニャルラトホテプの動きがピタリと止まった。
「……あん?」
彼は俺の顔をじっと見て、それから「チッ」と舌打ちをした。
指パッチンの構えを解く。
「なんや、少年のツレやったんか。……早よ言えや」
空気が緩んだ。
彼は網の中のトカゲ(ポチ)を取り出し、よしよしと頭を撫でた。
「おお、怖かったなぁポチ。……散歩中にリード外れてもうてな。探してたんや」
「……ペット、なんですか?」
ツチノコ先輩が、呆然と尋ねる。
「せや。可愛いやろ? まだ子供やけど、大人になったら馬より速く空を飛ぶんやで」
ニャルラトホテプは、ニカっと笑った。
「兄ちゃん、なかなかええ腕しとるな。ポチを捕まえるとは大したもんや」
「は、はぁ……」
「今回は少年の顔に免じて許したるわ。ほら、盗ったもん返し!」
ポチが、口からヨダレまみれの藁人形を吐き出した。
なのはさんの傑作が、ドロドロだ。
「ほなな。……少年、今度ウチの『他のペット』も見せたるわ。もっと可愛いやつ(ショゴスとか)がおるで!」
ニャルラトホテプは、ポチを肩に乗せ、陽気に手を振って闇の中へ消えていった。
ハンターの挫折と野望
残された俺たちは、へなへなと座り込んだ。
「……古田」
ツチノコ先輩が、震える声で言った。
「俺は……世界の広さを知ったよ」
「先輩……」
「あんな化け物を飼い慣らす奴がいるなんて……。UMAハンターへの道は、険しいな」
先輩は立ち上がり、ドロドロの藁人形を拾い上げた。
その目には、恐怖ではなく、新たな野望の炎が宿っていた。
「いつか……いつか必ず、あの飼い主ごとハントしてやる……!」
(絶対やめた方がいいと思いますけど……)
俺は心の中でツッコんだが、先輩の背中はいつもより大きく見えた。
こうして、ツチノコ先輩のUMA道は、邪神との遭遇によって新たなステージ(修羅の道)へと進んだのだった。
あと、藁人形は洗っても汚れが落ちなかったので、なのはさんにめちゃくちゃ怒られた。




