第81章:箱庭の電子ルームと、検索する魔女
起動、サクラコアプリ
ジャンクショップからの帰り道。
俺は公園のベンチに座り、恐る恐るスマホを取り出した。
ホーム画面には、見慣れない「桜の花びら」のアイコンが増えている。
「……よし。起動」
タップすると、画面が淡いピンク色に発光し、ロード画面(花びらがくるくる回るアニメーション)を経て、アプリが立ち上がった。
画面の中に広がっていたのは、ドット絵と3Dが混ざったような、温かみのある「部屋」だった。
机があり、本棚があり、窓からはデジタルの光が差し込んでいる。
いつもの園芸部を、少し可愛らしくデフォルメしたような空間だ。
その中央に、ちょこんと座っているミニサイズの櫻子先輩がいた。
『あら、ふるふる君。やっと開けてくれたのね』
スマホのスピーカーから、先輩の声がクリアに聞こえる。
先輩は画面の中で立ち上がり、トコトコと歩いて、画面のガラスをコンコンと叩いた。
「すごい……! 本当に中にいる!」
『不思議なところね。狭いけれど、意外と居心地は悪くないわ』
先輩は部屋の中にある家具に触れたり、クッションに座ってみたりと、新しい住処を確認している。
まるで、スマホの中に小さな箱庭ができたようだ。
全知全能の「本」
「先輩、ネットには繋がりますか? 無理しないほうがいいですよ、情報量が多いから」
俺が心配すると、先輩は部屋の隅にある分厚い古書を手に取った。
『大丈夫よ。このお部屋には、素敵な「図書室」がついているみたい』
先輩がその本を机に広げる。
それは、何も書かれていない白紙の本だった。
『ここに、知りたいことを念じるとね……』
先輩が本に手をかざす。
すると、白紙のページに、サラサラと文字や写真がインクのように浮かび上がってきた。
『検索結果:最新のスイーツ 原宿』
ページには、カラフルなパンケーキや、タピオカ(一周回ってレトロ)、最新の映えスイーツの写真が、まるで魔法の図鑑のように表示されている。
『まあ! 見てふるふる君! 今の世の中には、こんなに綺麗な虹色の綿飴があるのね!』
「うわっ、検索結果が本に出てるのか!」
先輩は、ブラウザの無機質な画面ではなく、慣れ親しんだ「読書」という形式で、インターネットの大海原にアクセスしているのだ。これなら情報酔いもしなさそうだ。
爆速の適応力
『へぇ……。今は「尊い」って言葉を、こういう感情の時に使うのね』
ページをめくる先輩の手が止まらない。
彼女の目はキラキラと輝いている。
『あら、「推し活」? 私があなたを応援するのも、推し活かしら?』
「せ、先輩? 覚えるの早くないですか?」
『ふふん。伊達に49年も暇してないわよ。私、新しい知識を吸収するのは大好きなの』
先輩の感性は若い。というか、スポンジのように新しい情報を吸い込んでいく。
13歳で止まっている好奇心が、ネットという無限の知識を得て爆発しているようだ。
『ねえ、ふるふる君。今度のお休み、ここに行きましょうよ』
先輩が画面越しに、本のページ(食べログの評価4.5のカフェ)を見せてきた。
『「映え」る写真、撮りたいわ』
「……『映え』まで覚えたんですか」
俺は苦笑いした。
でも、嬉しい。
今まで「学校の外」を知らなかった先輩が、行きたい場所を見つけて、俺を誘ってくれている。
「いいですよ。行きましょう、デート」
『ええ。……バッテリー、忘れないでね?』
画面の右上の電池残量が、既に85%まで減っている。
このアプリ、とんでもなく重い。
俺たちは、次の休日に「スマホ越しの初デート」をすることを約束した。
櫻子先輩の「検索」は、当分終わりそうにない。




