第71章:校長室のコーヒーと、粋じゃない勧誘
終わりのコーヒー
卒業式が終わり、生徒たちが帰った後の校舎。
静けさが戻った校長室で、俺は加藤先生(校長)と向かい合っていた。
テーブルには、先生が淹れてくれた熱いコーヒー。
「……ふぅ。長い一日だったな」
校長はモーニングコートを脱ぎ捨て、いつものアロハシャツに着替えていた。サングラスも定位置に戻っている。
「どうだ、少年。この1年を振り返ってみて」
「……濃すぎましたよ。一生分、驚いた気がします」
俺は苦笑いした。
入学初日に裏世界へ迷い込み、七不思議を集め、地下で世界の真実を知った。
普通の学生生活とはかけ離れた1年だった。
「でも……楽しかったです」
俺はカップを置いた。
「俺、この学校に来てよかったです。先輩に会えたし、先生にも会えた。……俺、これからも頑張りますよ」
「ほう? 何をだ?」
「全部です。先輩を蘇生させることも、先生の後悔を終わらせることも。……俺が、必ずハッピーエンドにしてみせます」
俺が真っ直ぐに見つめると、校長はサングラスの奥で目を細め、嬉しそうに頷いた。
「頼もしいな。それでこそ、我が相棒だ」
卒業生、来訪
コンコン。
その時、ドアがノックされた。
「失礼します」
入ってきたのは、今日卒業したばかりの生徒会役員たちだった。
生徒会長をはじめ、そうそうたるメンバーだ。彼らはまだ、引継ぎなどの残務で残っていたらしい。
「校長先生。最後のご挨拶に伺いました」
「おお、ご苦労だったな。君たちの代は優秀だったぞ」
会長たちは一礼した後、俺の方を見た。
「君は……1年の古田くんだね」
「は、はい」
「文化祭の『脱出ゲーム』、そして体育祭での『借り物競走』。君の機転と行動力は、我々の間でも話題になっていたよ」
会長は、俺に一枚の書類を差し出した。
「どうだろう。来期、生徒会に入ってみないか?」
「えっ!?」
「君のような『現場対応力』のある人材が必要なんだ。庶務……いや、副会長候補として推薦したい」
まさかのスカウトだ。
生徒会。学校の中枢。内申点も上がるし、何より響きがかっこいい。
それに、生徒会の権限があれば、学校内の移動や「コア探し」もやりやすくなるかもしれない。
「……あ、いいかも」
俺の心が揺れた。
ちょっとやってみたい。生徒会室でふんぞり返ってみたい(不純)。
「やります! 俺でよければ……」
俺が書類を受け取ろうとした、その時だった。
粋じゃない
「待て」
校長の低い声が響いた。
ピシリ、と空気が凍る。
「その話、私が預かろう」
校長は横から手を伸ばし、推薦状をひょいと取り上げた。
「こ、校長先生? なぜですか? 古田くんは優秀ですよ?」
会長が戸惑う。
校長は、推薦状をペラペラとめくりながら、つまらなそうに言った。
「却下だ。……粋じゃない」
「粋、じゃない……?」
「ああ。生徒会というのは、言わば『システム』だ。ルールを守らせ、学校を管理する側の人間だ」
校長はサングラス越しに、俺を指差した。
「だが、こいつは違う。こいつは『ジョーカー』だ。システムの外側で、自由に動き回り、予期せぬ化学反応を起こす。それがこいつの持ち味だ」
校長はニヤリと笑った。
「こいつを型にはめて、会議室に閉じ込める? ……確かに、学校運営にとっては便利かもしれん。だがな」
校長は断言した。
「それじゃあ、俺が面白くないんだよ」
最高の褒め言葉
「お、面白くない……?」
会長たちはポカンとしている。教育者の発言とは思えない。
しかし、俺にはその意味が痛いほど分かった。
校長(加藤先生)は、俺に「管理者」になってほしくないのだ。
かつて自分が、ルールと後悔に縛られて動けなかったように。
俺には、最後まで「冒険者」でいてほしいと願っているのだ。
「自由に動き回るのが、一番学校のためになる。……いや、私の退屈しのぎになる。そういうことだ」
校長は推薦状を会長に返した。
「悪いな。こいつは私の直轄エージェントだ。生徒会には渡さん」
「は、はぁ……。校長先生がそう仰るなら……」
会長たちは狐につままれたような顔で、引き下がっていった。
ドアが閉まると、校長は悪戯っぽく笑った。
「悪かったな、少年。出世の道を閉ざしてしまって」
「……いえ」
俺はコーヒーを飲み干した。苦味が、心地よく喉を通る。
「先生の言う通りです。俺には、生徒会の椅子よりも、百葉箱の前がお似合いですよ」
「違いない」
二人は顔を見合わせて笑った。
システムに組み込まれる便利さよりも、何が起こるか分からない自由とスリル。
それが、俺たちの選んだ道だ。
「さて、帰るか! 春休みも忙しくなるぞ!」
「望むところです!」
俺たちは校長室を出た。
廊下の窓からは、満開に近い桜が見える。
1年生が終わる。
そして、もっと激動の、2年生が始まろうとしていた。




