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第68章:継承の結び目と、卒業生のロープ


最後の活動日


3月10日。卒業式を数日後に控えた放課後。

ボランティア部の部室(家庭科室の端)は、いつもより少ししんみりとしていた。

今日は、3年生の玄田宇宙げんだ そら部長にとって、最後の部活動だ。

「……というわけで、引き継ぎは以上だ」

玄田部長は、活動日誌と備品の鍵を、次期部長となる本田キティ先輩(2年)に手渡した。

「お任せくださいませ、玄田様。この部は、わたくしが優雅に守り抜いてみせますわ」

キティ先輩は、涙をこらえて気丈に振る舞っている。

隣では、空き缶スペシャリストの溝渕先輩が、無言で空き缶をプレスしているが、その音がいつもより悲しげに響いている。

顧問の山口先生は、ハンカチで目頭を押さえてすでに号泣中だ。

「うっ、うっ……玄田くん……立派になって……!」

「先生、泣きすぎです。俺は隣町の高校に行くだけですから」

玄田部長は苦笑いしながら、最後に俺の方を見た。

「古田。ちょっと表に出ろ」

「えっ、はい!」


特別講習:命を繋ぐロープ


連れてこられたのは、校庭の鉄棒前だった。

玄田部長は、腰に下げていた愛用のザイル(登山用ロープ)を解いた。

「古田。お前は1年生の中で一番『現場』に出る回数が多かったな」

「現場というか、トラブルというか……」

「自覚はあるようだな。お前のその『巻き込まれ体質』は、才能だ。だが、それだけじゃ生き残れない時がある」

部長はロープを鉄棒にかけ、目にも留まらぬ速さで結び目を作った。

「これは『もやい結び(ボーライン・ノット)』。キング・オブ・ノットと呼ばれる、基本にして最強の結び方だ。救助にも、脱出にも使える」

「もやい結び……」

「やってみろ」

俺はロープを受け取り、見よう見まねで結んでみた。

しかし、指が絡まって上手くいかない。

「違う。輪を作る向きが逆だ。……いいか、ロープはただの紐じゃない。『命綱』だ。お前が誰かを助ける時、あるいは誰かに助けられる時、この結び目が解けたら終わりなんだぞ」

部長の指導は厳しかった。

何度も何度も、指に豆ができるまで繰り返す。

「そうだ。その感覚だ。……お前には、守りたいものがあるんだろう?」

「……え?」

部長は作業の手を止めず、遠くの旧校舎を見つめた。

「詳しくは聞かない。だが、お前が時々、『ここではないどこか』を見ていることは知っている。俺には見えない世界で、お前は戦っているんだろう」

ドキッとした。

さすがサバイバルの達人。俺の「裏世界」での気配を、本能で感じ取っていたのかもしれない。

「その世界で、もし道に迷ったり、足場を失ったりした時は、このロープを思い出せ。結び目は、お前と現実を繋ぐ『絆』になる」

部長は、使い込まれた自分のザイルを、俺に差し出した。

「これを持って行け。俺からの卒業祝いだ」

「部長……!」

俺は震える手でザイルを受け取った。

ずしりと重い。

それは、先輩が3年間培ってきた経験と、後輩への信頼の重さだった。

継承完了

「ありがとうございます! 大切に使います!」

「おう。……さて、戻るか」

部室に戻ると、キティ先輩が最高級の紅茶(特級茶葉)を淹れて待っていた。

「玄田様、お疲れ様でした。乾杯しましょう」

「ああ。……美味いな」

その日の紅茶は、少ししょっぱかったかもしれない。

でも、俺の手には確かな「武器」が残った。

帰り道。

俺はカバンに入れたザイルを握りしめた。

これがあれば、どんな深い穴(コアのある場所)へも降りていける。

そして、必ず戻ってこられる。

「玄田先輩、卒業おめでとうございます」

俺は夕焼けに向かって呟いた。

偉大な先輩の背中を見送って、俺たちはまた一つ、強くなった気がした。


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