第65章:死神のトラウマと、六丁目の迷子
屋上の密談
校長室での説教から数日後。
俺は、誰もいない放課後の屋上に呼び出されていた。
呼び出したのは、生徒でも教師でもない。
「よう、少年! 寒いのぉ!」
フェンスの上に器用に座っていたのは、派手なスーツを着た優男。
校長が「関わるな」と警告していた相手、死神代行・ニャルラトホテプだ。
「……何の用だよ。俺は忙しいんだ」
俺が警戒して帰ろうとすると、彼はヘラヘラと笑いながら降りてきた。
「そう邪険にすなや。今日は『ビジネスの話』を持ってきたんや」
「ビジネス?」
「せや。単刀直入に言うで。……一仕事、頼まれてくれへんか?」
死神の事情(6那由多の反省文)
ニャルラトホテプの話は、情けなくも切実なものだった。
「ワテら死神代行はな、基本的には霊魂を回収するのが仕事や。せやけど、『地縛霊』の扱いはデリケートでな」
彼は遠い目をした。
「昔な、ある地縛霊が『大切な人を待ってる』言うて動かんかったんや。せやからワテ、気を利かせてな、その『大切な人』の方を先に刈り取って、目の前に連れてったったんや。『ほら、会えたやろ? 一緒に行こか』てな」
「……最悪じゃないか」
「せやろ? ワテも親切心のつもりやってんけどな、それが閻魔大王の逆鱗に触れよってな」
彼は身震いした。
「『人の心がないんか!』言われて、反省文・原稿用紙6那由多枚書かされたんや……。書き終わるのに数百年かかったわ……もう二度とあんな目は御免や」
「自業自得だろ……」
「せやからな、ワテはもう地縛霊への直接勧誘はトラウマでできへんのや。そこで、お前の出番や」
彼はビシッと俺を指差した。
「お前、以前タバコ屋のババアを綺麗に成仏させたやろ? あの手腕を見込んでの依頼や」
6丁目6番地6号の少年
依頼内容はこうだ。
学校の北にある住宅街、6丁目6番地6号の交差点。
そこに、一人の男の子の地縛霊がいて、毎晩泣いているらしい。
「あの子をな、満足させて成仏させてやってほしいんや。ワテが行くとビビって泣き止まんし、無理に連れてくとまた閻魔様に怒られる」
「……断る。校長先生に、あんたとは関わるなと言われてるんだ」
俺は背を向けた。しかし、背後から悪魔の囁きが聞こえた。
「報酬は、『どこでもドアノブ』やで?」
「……え?」
彼が取り出したのは、古びた「真鍮製のドアノブ」だった。
「お前、いっつも裏世界に行くのに、痛い思いしたり、紫陽花の根っこくぐったりして大変やろ? これをな、この屋上のドアの鍵穴に差し込んで回すんや」
彼は屋上の出入り口のドアを指差した。
「そうするとあら不思議。このドアが、お前がイメージした場所(裏世界)への直通ゲートに早変わりや。痛みなし、タイムラグなし。いつでも櫻子ちゃんに会いに行けるで?」
「…………」
喉から手が出るほど欲しい。
これがあれば、コア探しも捗るし、何より「卒業後も会いに行けるかもしれない」。
校長先生、ごめんなさい。俺は、誘惑に勝てませんでした。
「……乗った!!」
遊び相手
その日の夕方。
俺は指定された交差点へ向かった。
6-6-6。不吉な数字が並ぶ場所だ。
夕闇の中、電柱の下に、体育座りをしている男の子の霊がいた。推定年齢5歳。
「……うぅ、うぅ」
泣いている。
俺はしゃがみ込み、目線を合わせた。
「よう。何してるんだ?」
「……お兄ちゃん、だあれ?」
男の子が顔を上げる。透き通った瞳だ。
「俺は古田。……君は、誰を待ってるんだ?」
「……わかんない。でも、さみしいの」
男の子は首を振った。記憶が曖昧になっているらしい。
ただ、「寂しい」「遊びたい」という感情だけが残っている。
「そっか。じゃあさ、俺と遊ぼうぜ」
俺はリュックから、赤城から借りパク……借りているゴムボールを取り出した。
「キャッチボールだ。取れるか?」
「……うん、やる」
俺たちは、薄暗い交差点でボールを投げ合った。
ポーン、ポーン。
ボールが霊体に触れるたび、少しずつ光の粒子が舞う。
「お兄ちゃん、上手だね」
「まあな。友達にすごいのがいるからな」
1時間ほど遊んだだろうか。
男の子の顔に、笑顔が戻っていた。
「あー、楽しかった! ……あれ?」
男の子が空を見上げた。
そこには、迎えに来たらしい、優しい光が降りてきていた。
「……あ、思い出した。僕、『また明日ね』って言いたかったんだ」
男の子は、友達と遊んだ帰りに事故に遭ったのだろう。
遊び足りなかった未練。別れの挨拶ができなかった心残り。
それが、俺との遊びで満たされたのだ。
「お兄ちゃん、遊んでくれてありがとう! ……また明日ね!」
「ああ。また明日な」
俺が手を振ると、男の子は光に包まれて、空へと消えていった。
綺麗な成仏だった。
プレミアムな報酬
「……ええ仕事するなぁ、少年」
電柱の陰から、ニャルラトホテプが現れた。
手にはハンカチを持って、嘘泣きをしている。
「あれなら閻魔様も文句言わへんわ。合格や」
彼は屋上へ戻ると、約束通り、ドアノブを俺に渡した。
「約束のブツや。屋上のドアの鍵穴に差し込んで、元のノブと一緒に回すんやで」
「……分かった」
ニャルラトホテプは、「ほな、ワテは報告書書かなあかんから」と言って消えた。
俺は、新しく手に入れた「どこでもドアノブ」を撫でた。
これで、いつでも先輩に会える。
校長先生との約束を破ってしまった罪悪感はあるけれど、この利便性には代えられない。
俺は早速屋上のドアにノブを差し込み、回した。
カチャリ。
扉を開けると、そこはいつもの屋上への階段……ではなく、「裏世界の園芸部」に繋がっていた。
「先輩! 今日の報告に来ましたよ!」
バレンタインを前に、俺と先輩の距離は、物理的にも心理的にも、ぐっと縮まったのだった。




