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番外編3:迷える子猫と、中華的エレガンスの覚醒


時期:(第32章の直後)


子猫の憂鬱


放課後のボランティア部部室。

そこに、いつものような優雅な空気はなかった。

「はぁ……」

本田キティ(子猫)は、ティーカップを前に深いため息をついていた。

先日、古田降太と加藤校長に、実家が中華料理屋『満腹楼』であること、そして自分がそこで「アイヨッ!」と叫んで働いていることがバレてしまった。

(……わたくしは、嘘つきですわ)

学校では「深窓の令嬢」を演じ、家では「脂まみれの看板娘」。

どちらが本当の自分なのか。

バレてしまった今、もうあの優雅な仮面を被り続ける資格はないのではないか。

「……疲れましたわ」

部室には誰もいない。

キティはテーブルに突っ伏した。

強烈な自己嫌悪と睡魔が、彼女の意識を奪っていく。


夢の中のジャスミン茶


意識が遠のく中、どこからか甘い花の香りがした。

そして、釣り針のようなものが、彼女の魂を優しく引っ掛けた。

「……ッ!」

目を覚ますと、そこは見たこともない美しい花畑だった。

夕暮れの光の中、白いテーブルセットが置かれている。

そこには、黒髪の美しい少女が座っていた。

「いらっしゃい、迷える子猫さん」

「あなたは……?」

「西野園櫻子。古田くんの友人よ」

櫻子先輩は微笑み、キティの前にカップを置いた。

「紅茶……ではなく、今日はジャスミン茶にしてみたわ。香りは優雅だけれど、中華料理によく合うお茶よ」

キティはハッとした。

その一杯が、自分の状況を暗示しているように思えたからだ。

「……わたくし、自分が分かりませんの」

キティはポツリポツリと語り出した。

美しいものが好きで、優雅な振る舞いに憧れている自分。

でも、実家の熱気や、中華鍋を振るう父の背中も嫌いになれない自分。

その乖離かいりが、嘘をついているようで苦しい、と。


ハイブリッドの提案


櫻子先輩は、静かに話を聞き終えると、キティの魂(中華まんのような形をしていた)を撫でた。

「どうして、どちらか一つ選ぼうとするの?」

「え?」

「あなたは『優雅』でありたい。でも、あなたのその『優雅さ』の土台にあるのは、中華飯店で培った『無駄のない動き』と『客をもてなす心』でしょう?」

先輩は、花畑に咲く一輪の花を指差した。

「見て。この花は繊細に見えるけれど、根っこは泥の中で太く張っているわ。力強さがなければ、優雅さは維持できないの」

「力強さと、優雅さ……」

「ええ。混ぜてしまいなさい。優雅に振る舞いながら、中華の熱量を燃やす。それがあなただけの『中華的エレガンス』よ」

櫻子先輩は悪戯っぽく笑った。

「最強の『おもてなし』を見せてあげなさい。あなたの仲間たちは、そんなことで離れていくようなやわな人たちじゃないわよ」


満腹楼への招待状


「……ハッ!」

キティが目を覚ますと、部室だった。

時計の針は少ししか進んでいない。

しかし、彼女の迷いは晴れていた。

「本田先輩! 起きてますか?」

ドアが開いて、古田が入ってきた。

後ろには、玄田部長、溝渕先輩、そして顧問の山口先生もいる。

「古田さん……皆様……」

「お疲れ様です、先輩。ちょっと寝てました?」

古田は気遣わしげに声をかけた後、自分のお腹をさすった。

「あの……相談なんですけど。みんな作業で腹ペコでして。どこか飯に行きませんか?」

玄田部長も頷く。

「ああ。今日はガッツリ食いたい気分だ」

溝渕先輩も空き缶をプレスしながら「エネルギーが必要だ」と同意する。

キティは、仲間たちの顔を見渡した。

誰も、彼女を疑ったり、軽蔑したりする目はしていない。

ただ、一緒にご飯を食べたいと願っている。

(……ええ。そうですわね)

キティは立ち上がり、スカートの埃を払った。

そして、いつもの優雅な微笑みを浮かべた。

「それでしたら、わたくしにお任せください。皆様をご案内したいお店がございますの」

「えっ、先輩のおすすめですか?」

「ええ。安くて、美味しくて、ボリューム満点の……わたくしの、自慢の実家ですわ」

キティは胸を張って言った。

もう、隠すことは何もない。


覚醒、キティ・スタイル


『満腹楼』の暖簾をくぐる。

活気ある店内。

キティは更衣室へ入り、いつもの赤いエプロンとチャイナ服に着替えた。

しかし、今日はお団子ヘアに、学校でつけているリボンをあしらった。

「お待たせいたしましたわ!」

厨房から出てきたキティの姿に、玄田部長たちが目を丸くする。

「本田……その格好は?」

キティは、背筋をピンと伸ばし、優雅に、しかし力強くポーズを決めた。

「ようこそ満腹楼へ! さあ皆様、とびきりの点心を振る舞いますわよ! アイヨッ!!」

その動きは洗練されていた。

流れるようにお冷を配り、舞うように注文票を書き、カンフーのような身のこなしで熱々の料理を運ぶ。

「ごきげんよう」という挨拶と、「ヘイお待ち!」という気合が見事に融合している。

「すげぇ……。優雅なのに、速い!」

「空き缶をプレスするような無駄のなさだ……」

仲間たちが感嘆の声を上げる。

「お父さん! 3番テーブルに麻婆豆腐! 辛さは控えめで、でも花椒ホアジャオは効かせて優雅にね!」

「おうよキティ! まかせとけ!」

厨房の父とも息ぴったりだ。


誇り高き看板娘


食後。

満腹になった部員たちは、満足げにお茶をすすっていた。

「いやぁ、美味かった! 本田、お前すごいな!」

「あんな特技があったなんて、見直したわ」

誰も、彼女を笑わなかった。

むしろ、その働きぶりに尊敬の眼差しを向けている。

「ありがとうございます。……これが、本当のわたくしですわ」

キティは胸を張った。

もう、名前を隠すことも、実家を恥じることもない。

この熱気と油の匂いこそが、自分の「優雅さ」を支えるエネルギーなのだ。

帰り際、古田がこっそり耳打ちした。

「先輩、かっこよかったですよ」

「ふふっ。当然ですわ。……また、いらしてくださいね」

本田キティ。

ボランティア部の深窓の令嬢にして、中華飯店の爆走看板娘。

二つの顔を併せ持つ最強のヒロインが、ここに覚醒したのだった。

(番外編3 完)

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