第60章:時をかけるバナナと、混乱する季節感 記憶の混線
「……あれ?」
俺、古田降太は、商店街のアーケードを歩きながら首をかしげていた。
今は、いつだ?
昨日は確か、植物園へ遠足に行ったはずだ(第56章)。
でも、記憶の片隅に、真冬の音楽室で猫と踊った記憶(第59章)や、寒い日に月見うどんを作った記憶(第57章)があるのはなぜだ?
「まだ11月だよな……? なんでクリスマスの足音が聞こえるような気がするんだ?」
俺は立ち止まり、額を押さえた。
記憶が、パラパラ漫画のように前後している。
まるで、誰かに「掲載順」をシャッフルされたみたいだ。
「……そうだ。思い出した」
あれは、植物園から帰ってきた直後のことだ。
俺はこのアーケードで、漫画みたいなベタな罠――**「バナナの皮」**を踏んで、盛大にすっ転んだんだ。
後頭部を強打して、意識が飛び……そのショックで、未来の記憶(冬の出来事)を幻視してしまったのかもしれない。
「なんだ、ただの脳震盪か。よかった」
よくはないが、超常現象でないなら安心だ。
俺は納得して、再び歩き出した。
因果律のバナナ
その時。
俺の目の前に、**「それ」**は落ちていた。
黄色く、艶やかで、程よく熟した曲線美を描く物体。
バナナの皮だ。
「……あるじゃん」
誰もいないアーケードのど真ん中に、まるで「踏んでください」と言わんばかりに鎮座している。
俺はゴクリと唾を飲んだ。
(……おかしい)
いくら商店街でも、令和の日本で、こんな古典的なトラップが自然発生するだろうか?
しかも、俺の記憶障害の原因となったアイテムが、再び目の前に現れるなんて。
「……怪しい」
俺の「視る目」が告げている。
このバナナからは、微かだが**「歪み」のオーラが出ている。
これはただの生ゴミじゃない。「人を滑らせ、時空(記憶)を歪める」**という概念を持った、アーティファクト級の危険物かもしれない。
「確保だ」
俺はハンカチを取り出し、慎重にバナナの皮を包んだ。
これをこのまま放置すれば、第二、第三の被害者(記憶喪失者)が出るかもしれない。
適切に処理するには、あそこしかない。
発送と侵入
俺は学校へと急いだ。
旧校舎の裏。百葉箱の前に立つ。
「頼みますよ、先生、先輩」
俺はハンカチに包んだバナナの皮を百葉箱に入れ、鍵をかけた。
1時間のタイムラグを経て、これは裏世界の園芸部に転送される。
「さて、俺も行くか」
俺はリュックから「風船ロシアンルーレット」を取り出した。
最近は慣れたもので、ためらいなくこめかみに当てる。
パンッ!
破裂音が鼓膜を叩き、強烈なショックが脳を揺さぶる。
意識が反転し、俺の魂は無理やり「あちら側」へとねじ込まれた。
鑑定結果:スリップ・フルーツ
「……うぅ」
目を開けると、いつもの園芸部だった。
外は夕暮れ。穏やかな時間が流れている。
「あら、いらっしゃい。……また変なものを送ってきたわね」
テーブルの上には、俺が送ったハンカチ包みが広げられていた。
櫻子先輩と加藤先生(25歳)が、険しい顔で中のバナナの皮を見つめている。
「先輩、どうですか? やっぱり呪物ですか?」
「ええ。間違いないわ」
櫻子先輩は、ピンセットで皮をつまみ上げた。
「これは**『スリップ・フルーツ』**。滑って転びたい、あるいは誰かを転ばせたいという『ドジっ子の願望』や『悪意』が凝縮して、果物の皮という形を取ったものよ」
「やっぱり……! 俺の記憶が飛んだのも、こいつのせいだったんですね!」
「うむ。こいつの厄介なところは、**『物理的に滑る』だけでなく、衝撃で『時間感覚も滑らせる(タイムスリップ)』**ことだ」
加藤先生が腕を組んで頷く。
「お前が未来の記憶(冬の出来事)を垣間見たのも、こいつを踏んだ衝撃で、認識が先の時間に『滑っていった』からだろう」
恐ろしいアイテムだ。
踏むだけでネタバレを食らうなんて。
「で、どう処理するんですか? 焼却処分?」
俺が聞くと、先輩は不敵に微笑んだ。
「いいえ。肥料にするわ」
「肥料?」
「ええ。この『滑る力』を土に混ぜれば、土壌の流動性が高まって、根が張りやすくなるの。私の花畑にはちょうどいいスパイスよ」
先輩はハサミを取り出し、バナナの皮をチョキチョキと細かく刻み始めた。
呪いのアイテムが、ただの有機肥料へと還元されていく。
「……さすがです」
俺は安堵のため息をついた。
これで、俺の頭の中の時系列も、正常に戻るはずだ。
「さあ、ふるふる君。お茶にしましょう。今日はバナナケーキよ」
「……材料、それじゃないですよね?」
「まさか。市販品よ」
俺たちは笑い合いながら、ティータイムを楽しんだ。
窓の外の景色は、秋の夕暮れ。
季節は正しく流れている。
世界の免疫反応
「さて、そろそろ帰らなきゃ」
楽しい時間は終わりだ。
俺はテラスに出て、花壇の前に立った。
強く甘い、花の香りを吸い込む。
すると、鼻の奥がムズムズとしてくる。
これは単なる生理現象ではない。
異物である俺を、この世界が**「外へ出そう」としている拒絶反応だ。
世界そのものが「くしゃみ」**をしようとして、そのスイッチが俺の体を通じて押される感覚。
「へっ、……くちゅん!!」
盛大なくしゃみと共に、俺は世界から弾き出された。
気がつくと、俺は現実の旧校舎裏に立っていた。
冷たい風が吹いている。
もう、迷うことはない。次は、間違いなく冬が来るはずだ。
……たぶん。




