第59章:猫の王の招待状と、真冬の舞踏会
黒猫からの手紙
12月に入り、寒さが本格化してきたある日。
放課後の園芸部(裏世界)で、櫻子先輩が一通の封筒を手にしていた。
封筒には、肉球のスタンプと、達筆な文字。
『親愛なる薔薇の君(櫻子)と、我がマエストロ(古田)、並びに筋肉ダルマ(加藤)へ』
「……相変わらず失礼な猫だな」
加藤先生(25歳)が苦笑いする。
差出人は、パラレルワールドの音楽室に棲み着いているケット・シーだ。
「『寒冷なる候、皆様いかがお過ごしでしょうか。つきましては、我が音楽堂にてウィンター・ティーパーティーを開催いたします。極上の音楽とミルクを用意してお待ちしております』……だそうよ」
先輩は楽しそうに手紙を読んだ。
「お茶会か。いいですね。……でも、あいつだけは連れて行かないと」
俺は、足元で丸まっている三毛猫・タマさんを見た。
タマさんは「フン、あの西洋かぶれめ」と鼻を鳴らしたが、満更でもなさそうだ。
「よし、行こうか。正装してな」
幻想の音楽室
俺たちは園芸部を出て、旧校舎の最上階へ向かった。
普段は薄暗い廊下が、今日はキャンドルの灯りで照らされ、レッドカーペット(に見える幻影)が敷かれている。
音楽室の扉を開けると、そこは別世界だった。
「わあ……!」
天井にはシャンデリアが輝き、無数の猫(幽霊?)たちが燕尾服を着て給仕をしている。
そして、グランドピアノの前には、タキシードを着た黒猫・ケット・シーが気取って立っていた。
「ようこそ、紳士淑女の皆様。……そして野蛮な日本の猫よ」
「ニャー!(誰が野蛮だ!)」
タマさんが即座に威嚇するが、ケット・シーは優雅に指揮棒を振った。
「まあ、今日は休戦だニャ。吾輩の奏でる音楽と、温かいミルクティーで、凍えた体を温めるといいニャ」
猫たちのワルツ
席に着くと、猫の幽霊たちがケーキと紅茶を運んできてくれた。
ケーキは猫の形をしていて可愛らしい。紅茶も、マタタビ入り……ではなく、普通のアールグレイだ。
「では、一曲披露するニャ」
ケット・シーがピアノに向かう。
彼が鍵盤を叩くと、流れてきたのはショパンの『子犬のワルツ』……ではなく、『子猫のワルツ(超絶技巧アレンジ)』だった。
軽快で、どこか悪戯っぽいメロディ。
その音色に合わせて、給仕の猫たちが踊り出す。
「素敵……!」
櫻子先輩が目を輝かせる。
すると、ケット・シーがウィンクした。
「マエストロ(古田)。君も踊るかニャ?」
「えっ、俺は無理だよ!」
「なら、そっちの筋肉はどうだニャ?」
加藤先生が「ほう、お手合わせ願おうか」と立ち上がった。
先生は、櫻子先輩に手を差し伸べた。
「お嬢さん。一曲いかがかな?」
「ええ、喜んで」
二人はホールの中央へ進み出た。
25歳の冒険家と、17歳の地縛霊。
見た目は美男美女だが、中身は79歳の校長と49年前の中学生だ。
それでも、二人のステップは完璧で、まるで映画のワンシーンのように美しかった。
俺はタマさんを膝に乗せ、ケーキを食べながらその光景を眺めた。
タマさんも、尻尾でリズムを取っている。
「……平和だね、タマさん」
「ニャ(悪くないな)」
予期せぬセッション
演奏が終わると、拍手が湧き起こった。
「ブラボーだニャ! ……さて、次はマエストロの番だニャ」
「えっ?」
ケット・シーが俺にタクトを渡してきた。
「吾輩のピアノに合わせて、君が指揮をするニャ。君の『視る目』で、音楽の流れを導くんだニャ」
「無茶ぶりだな……」
でも、断るのは野暮だ。
俺はタクトを構えた。
音楽なんて分からない。でも、音の粒が、光のように空中を舞っているのは「視える」。
(……あっちだ!)
俺がタクトを振ると、ケット・シーの演奏が激しくなる。
音の奔流が、部屋中を駆け巡る。
それに呼応して、タマさんが「ニャオーン!」と遠吠え(コーラス)を入れる。
ピアノと、指揮と、猫の鳴き声。
カオスだけど、不思議と心地よいセッション。
「アハハハ! 最高よ!」
櫻子先輩が手を叩いて笑っている。
加藤先生も指笛を鳴らす。
外は真冬の寒空だが、この音楽室だけは、魔法のような熱気に包まれていた。
帰り道
楽しい時間はあっという間に過ぎた。
お土産に猫型クッキーをもらい、俺たちは園芸部へと戻った。
「また来るニャ。……次はもっと難しい曲を用意しておくニャ」
ケット・シーは、少し寂しそうに手を振った。
彼もまた、この裏世界で孤独な芸術家なのだ。
「楽しかったわね。……いい冬になりそう」
先輩は、お土産のクッキーを大事そうに抱えていた。
俺は百葉箱の前で、現実へ戻る準備をした。
冬の夜空には、オリオン座が輝いている。
「おやすみなさい、先輩」
「ええ。おやすみなさい、ふるふる君」
俺は花の香りを吸い込み、くしゃみをした。
寒くて、でも心はポカポカと温かい。
そんな冬の夜だった。




