第58章:筋肉だらけの体育祭と、境界を超える借り物競走
筋肉対決の幕開け
10月中旬。秋晴れの空の下、体育祭が開催された。
うちの学校の体育祭は、クラス対抗戦だ。
特に、体育会系の猛者が集まる「2組」と、担任が筋肉ダルマ(角田先生)である「B組」のライバル関係は、開会前からバチバチに燃え上がっていた。
「いいかお前ら! 今日は勉強を忘れろ! 筋肉だけを信じろ!」
角田先生が、ハチマキを締めて激を飛ばす。
B組の男子たちは「オオーッ!」と野太い声を上げるが、女子たちは「暑苦しい……」と引き気味だ。
対する2組の陣地では、赤城烈兎が素振りをしていた(種目はリレーだが)。
「よう古田! 今日の敵は昨日の友だ。手加減しねーぞ!」
「望むところだ。……と言いたいけど、俺は文化系だからなぁ」
俺は苦笑いした。
しかし、実行委員として、そして角田先生のクラスとして、負けるわけにはいかない。
第1種目:棒倒し(物理大戦)
午前のメインイベント、棒倒し。
B組 vs 2組。
「突撃ィィィ!!」
角田先生の号令(※先生は参加できません)で、B組のマッスル部隊が突っ込む。
しかし、2組の壁は厚い。野球部、サッカー部、柔道部が揃った2組の守備は鉄壁だ。
「甘いぜ古田!」
赤城が、棒の上から俺を見下ろしている。彼は守備の大将だ。
「くそっ、近づけない!」
膠着状態。
その時、B組の参謀・綿貫なのはさんが動いた。
「物理がダメなら、精神攻撃よ!」
なのはさんは、棒の周りに怪しげな「呪いの藁人形(の形をしたフェルトマスコット)」を大量に投げ込んだ。
「うわっ、なんだこれ!?」
「呪われる!?」
2組の守備陣が一瞬ひるんだ。
その隙を逃さず、俺は特攻した。
「いけぇぇぇ!」
俺は赤城の足元に滑り込み、棒を支える土台を崩した。
バランスを崩した棒が傾く。
「なっ、古田ァァ!?」
「勝った!」
B組の勝利。
邪道スレスレだが、勝ちは勝ちだ。
第2種目:借り物競走
午後の部。俺が出場したのは「借り物競走」だ。
校庭に置かれたカードを拾い、そこに書かれたものを持ってゴールする。
「よーい、ドン!」
俺は一斉にスタートし、カードを拾い上げた。
そこに書かれていたお題は――。
『季節外れの花』
「はぁ!?」
俺は絶望した。
今は10月。校庭に咲いているのはコスモスくらいだ。「季節外れ」とは言えない。
チューリップや向日葵、あるいは紫陽花なんて、どこにも……。
「……ある」
俺は思い出した。
この学校には、「季節が止まった場所」があるじゃないか。
俺は進路を変え、ゴールとは逆方向、旧校舎の裏へと猛ダッシュした。
境界越しのパス
旧校舎の裏。
俺は、紫陽花の植え込みの陰にある「バックドア(裏口)」の前に滑り込んだ。
ここは猫や物が通れる小さな空間の綻びだ。
俺は地面に這いつくばり、穴に向かって叫んだ。
「先輩! 櫻子先輩! いますか!!」
数秒の沈黙。
そして、穴の奥から、懐かしい声が聞こえた。
『……ふるふる君? どうしたの、そんなに慌てて』
「先輩! お願いがあります! 紫陽花を一輪、貸してください!」
『紫陽花? ……今は体育祭中でしょう?』
「借り物競走なんです! 『季節外れの花』が必要で……!」
『ふふっ。相変わらず、変なことに巻き込まれるのね』
先輩の笑う気配がした。
そして、穴の奥から、スッと青い花が差し出された。
暗い穴の中でも自ら発光する、美しい青い紫陽花。
『はい、どうぞ。……頑張ってね、一等賞』
「ありがとうございます! 行ってきます!」
俺は紫陽花を受け取り、再び校庭へと走った。
その手には、この世ならざる美しさを放つ、究極の「季節外れの花」が握られていた。
審判の判定
ゴール地点。
俺は息を切らして、審判の先生(与市先生)に花を突き出した。
「こ、これ! 『季節外れの花』です!」
与市先生は、俺の手にある青く光る紫陽花を見て、サングラスの奥の目を丸くした。
「……ほう。紫陽花か。確かに季節外れだが……」
先生は小声で囁いた。
「(お前、わざわざ『あっち』から持ってきたのか?)」
「(はい。これしか思いつかなくて)」
「(……フン。相変わらず無茶をする)」
与市先生はニヤリと笑い、高らかに宣言した。
「判定! 文句なしの『季節外れ』だ! 古田、1位!」
「やったぁぁぁ!!」
会場が湧く。
「すげぇ、あんな綺麗な紫陽花、どこにあったんだ?」「光ってない?」
生徒たちがざわつく中、俺はガッツポーズをした。
祭りのあと
体育祭は、2組の優勝で幕を閉じた。
B組は惜しくも準優勝だったが、角田先生は「いい汗かいたな!」と満足げだ。
放課後。
俺は借りた紫陽花を返しに、再び旧校舎の裏へと行った。
しかし、手の中の紫陽花は、既に色が抜け、半透明の硝子細工のように変化していた。
現実世界に長く留まりすぎたため、霊力が消えて物質化(結晶化)してしまったのだ。
「……先輩。これ、返しに来ましたけど……」
俺がバックドア越しに言うと、先輩の声が返ってきた。
『あら。……それはもう、あなたのものよ。私の代わりに、一等賞を取ってくれた勲章だもの』
『それに、枯れずに結晶になったなら、それは「思い出」として定着した証拠よ。大切にしてね』
「……はい。ありがとうございます」
俺は、硝子のようになった紫陽花をポケットにしまった。
10月の風が吹く。
少し肌寒くなった空気の中で、ポケットの中の「思い出」だけが、ほんのりと温かかった。




