第56章:圏外の遠足と、瓶詰めされた秋
結界の外へ
11月上旬。
文化祭の熱気も落ち着き、肌寒くなってきた頃。
1学年は、バスに乗って**「秋の校外学習(遠足)」**へ向かっていた。
行き先は、県内最大級の**「県立植物園」**だ。
「イェーイ! 古田、お菓子食うか?」
隣の席では、赤城烈兎が遠足のしおりを丸めてメガホンのように叫んでいる。
バスの中は、解放感に満ちた生徒たちの熱気でむせ返るようだ。
「……ありがとう、赤城」
俺はポテチを受け取りながら、窓の外を流れる景色を眺めた。
学校が、どんどん遠ざかっていく。
(……圏外だ)
校門を出た瞬間から、俺は**「櫻子先輩のいない世界」**にいる。
もしここでバスが事故っても、崖から落ちても、あの園芸部には逃げ込めない。ただの「痛い現実」が待っているだけだ。
不思議だ。入学前はずっとこっちの世界にいたはずなのに、今は少しだけ心細い。
硝子の温室
植物園に到着すると、班行動が始まった。
俺の班は、いつものメンツだ。
• 班長:古田降太(なぜか押し付けられた)
• 班員:赤城烈兎(体力担当)
• 班員:綿貫なのは(記録係)
• 班員:塩原文子(しおり朗読係)
「まずは大温室に行きましょう! 熱帯の植物が、私の情熱(アイドル魂)を呼び覚ましますわ!」
塩原さんがステップを踏みながら先導する。
温室の中は、蒸っとするような湿度と、極彩色の花々で溢れていた。
「うわ、でけぇ花! これ食えるのか?」
赤城がラフレシア(模型)に顔を突っ込もうとして、係員に怒られている。
「見て古田くん! あのランの花、人の顔に見えない? 呪われてるかも!」
なのはさんが心霊写真を撮ろうと連写している。
騒がしい仲間たちに囲まれながら、俺はふと、**「あちら側の園芸部」**を思い出していた。
あそこの花は、もっと静かで、透き通るような美しさがある。
櫻子先輩が育てる「想いの花」と、ここの「植物としての花」。
似ているようで、決定的に何かが違う。
永遠を閉じ込める
「……お土産、何にしようかな」
自由時間。俺はミュージアムショップに立ち寄った。
先輩に何か買って帰りたかった。でも、生きた花は持ち込めないし、お菓子も味気ない。
ふと、棚の隅にある小瓶が目に入った。
『ハーバリウム体験キット』
特殊なオイルの中にドライフラワーを浸し、その美しさを長期間保存するインテリアだ。
瓶の中で揺れる花は、時が止まったように鮮やかだ。
「……これだ」
俺は、その美しさに櫻子先輩を重ねていた。
「美しいまま、時を止めて、硝子の中に閉じ込められている」。
それは残酷なメタファーかもしれないけれど、今の俺には、それが何よりも綺麗に見えた。
「これ、ください」
俺は、青い紫陽花のドライフラワーが入ったキットを買った。
帰りのバス
帰りのバスは、みんな遊び疲れて寝静まっていた。
赤城は口を開けて爆睡し、なのはさんも船を漕いでいる。
俺は、膝の上に置いたハーバリウムの小瓶を握りしめた。
窓の外、夕焼けに染まる街並みの中に、学校の時計塔が見えてきた。
(……戻ってきた)
学校が見えた瞬間、フッと肩の力が抜けた。
あそこには、俺の「日常」と、もう一つの「大切な場所」がある。
バスが校門をくぐる。
俺は心の中で「ただいま」と呟いた。
瓶詰めの秋
解散後。俺はすぐに旧校舎へと走った。
百葉箱の前に立つ。
今日はワープはしない。ただ、お土産を入れるだけだ。
「先輩。……遠足、楽しかったです」
俺はハーバリウムの小瓶と、手紙を入れた。
『外の世界の秋を、少しだけ瓶に詰めました。先輩のいる場所とは違うけど、これも綺麗だと思います』
鍵をかける。
1時間後、これは先輩の手元に届くはずだ。
その夜。
俺は夢を見た。
園芸部の窓辺にハーバリウムを飾り、それを愛おしそうに眺める櫻子先輩の夢だった。
瓶の中の花は動かないけれど、先輩の笑顔は、生きた人間のように温かかった。
こうして、俺の「圏外への遠足」は無事に終わった。
そして季節は、冬へと進んでいく。




