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第55章:金木犀の香りと、忍び寄る影


季節の変わり目


10月下旬。

文化祭と野球部の大会が終わり、学校には穏やかな日常が戻っていた。

校庭の木々は色づき始め、風に乗って金木犀の甘い香りが漂っている。

「……ふぁ」

放課後の教室。俺は大きな欠伸をした。

窓の外を見ると、校庭の隅で、加藤校長が竹箒を持って落ち葉を掃いているのが見えた。

アロハシャツの上にカーディガンを羽織っている。さすがに少し肌寒いらしい。

「校長先生、元気だなぁ」

生徒に混じって談笑し、落ち葉で焼き芋を作ろうとして先生に怒られている。

いつもの光景だ。

でも、俺はふと違和感を覚えた。

(……なんか、動きが遅くないか?)

いつもなら杖を振り回して豪快に歩く先生が、今日は少し足を引きずっているように見えた。

時折、立ち止まって胸を押さえている。

「……行ってみるか」

俺はなんとなく胸騒ぎがして、校長室へと向かった。


校長室の薬瓶


「失礼します」

校長室のドアをノックするが、返事がない。

鍵は開いている。俺はそっとドアを開けた。

「……う、ぐぅ……」

部屋の奥から、苦しげな呻き声が聞こえた。

革張りのソファで、校長がぐったりと横たわっている。

テーブルの上には、水と、大量の錠剤が散らばっていた。

「校長先生!?」

俺は駆け寄った。

先生は脂汗をかき、顔色が悪い。サングラスがずれて、苦悶に満ちた目が露わになっている。

「……おお、少年か。……見苦しいところを見せたな」

先生は俺に気づくと、震える手で薬を飲み込み、無理やり笑ってみせた。

「だ、大丈夫なんですか!? 救急車呼びますか!?」

「大袈裟だ。ただの持病のしゃくだよ。……季節の変わり目は、古傷が痛むんでな」

先生はサングラスをかけ直し、いつものファンキーな口調に戻った。

だが、その声には張りがなく、掠れていた。

「……本当に、大丈夫なんですか?」

「ああ。心配するな。私は不死身だ」

先生は俺の頭をポンと叩いた。その手は冷たかった。


裏世界のノイズ


その日の夕方。

俺は心配になって、旧校舎の裏へと走った。

あっちの先生(25歳姿)なら、元気なはずだ。様子を見に行こう。

百葉箱の前で、俺はリュックから「風船ロシアンルーレット」を取り出した。

新学期に入り、結界は強固になっている。向こうへ行くには、脳を騙すほどの衝撃が必要だ。

「頼む、一発で……!」

俺はこめかみに銃口を当て、引き金を引いた。

パンッ!!!

破裂音が鼓膜を叩き、視界が白く反転する。

「……うぅ」

目を覚ますと、そこは園芸部の床だった。

櫻子先輩が、心配そうな顔でテラスを見ていた。

「あ、ふるふる君。……静かにね」

先輩の視線の先には、ハンモックで眠る25歳の加藤先生がいた。

いつもなら筋トレをしたり、冒険譚を語ったりしている先生が、今日は泥のように眠っている。

「先生、どうしたんですか?」

「……最近、眠る時間が長くなっているの。あっち(現実)の体が疲れているから、こちらの体にも影響が出ているみたい」

先輩は、先生に毛布をかけ直した。

その時だった。

ザザッ……。

先生の体が、一瞬だけ、テレビの砂嵐のようにノイズを起こした。

輪郭がブレて、向こう側の景色が透けて見える。

「っ! 今、体が透けませんでしたか!?」

「ええ……。時々、こうなるの」

櫻子先輩の表情が曇る。

「先生は言うわ。『学校の結界を維持するのに力を使っているからだ』って。でも……」

先輩は、眠る先生の顔を覗き込んだ。

「これ、本当にシステムの負担かしら? 私には、もっと別の……『魂そのものの摩耗』のように見えるの」

視える「終わり」

俺はハッとした。

校長室で見た、大量の薬。冷たい手。

そして、この裏世界でのノイズ。

俺の「視る目」が、認めたくない事実を捉えていた。

先生の魂の灯火が、揺らいでいる。

それは、システムのエネルギー切れなんかじゃない。

ロウソクそのものが、燃え尽きようとしているのだ。

「……う、ん……」

先生が目を覚ました。

俺たちを見て、いつものようにニカっと笑う。

「よう少年。……なんだ、湿気た顔をして。秋だからってセンチメンタルになるなよ」

先生は起き上がり、大きく伸びをした。

その動作は力強く、ノイズも消えている。

でも、俺は知ってしまった。それが、精一杯の強がりであることを。

「先生。……無理しないでくださいね」

俺が言うと、先生は少しだけ驚いた顔をして、それから優しく微笑んだ。

「ああ。分かっているさ。……私はまだ、やるべきことがあるからな」

先生は、園芸部の窓から、自分の作った「学校ダンジョン」を見渡した。

その横顔は、自分の命を削ってでも、この場所と、ここにいる櫻子先輩(と俺たち)を守ろうとする、覚悟に満ちていた。

俺は拳を握りしめた。

先生の寿命が残り少ないことは、なんとなく察していた。

でも、それを認めたくない。

先生には、もっと生きていてほしい。

金木犀の香りが、いつもより少しだけ切なく感じられた。

冬が来る。そして、別れの季節が近づいてくる。

俺は、その予感に震えながら、家路についた。


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