第54章:データ野球の崩壊と、計算不能のバッテリー
祭りの翌朝、強制連行
10月3日。文化祭の代休。
俺は泥のように眠っていた。
筋肉とオカルトと付喪神の相手で、精神力はマイナス域に達している。
「古田ァァァ!! 起きろォォォ!!」
「……!?」
窓の外から大音量の怒号。
カーテンを開けると、ユニフォーム姿の赤城烈兎が、家の前の電柱によじ登って叫んでいた。
「な、何してんだ赤城! 不法侵入だぞ!」
「緊急事態だ! 今日から秋季地区大会だぞ! 正捕手の安中がまだ復帰できてねぇ! お前がマスクを被るんだよ!」
「ええええ……」
拒否権はない。
俺は寝巻きのまま担がれ、球場へと直行させられた。
対戦相手:私立理数館中学
地区大会1回戦。
対戦相手は、県内屈指の進学校、私立理数館中学。
彼らのベンチには、パソコンやタブレットがずらりと並び、部員全員が銀縁メガネをクイッとさせている。
「フン……。相手は『野生の勘』だけで動く偏差値30のチームか」
理数館のキャプテン・**数田**が、タブレットを見ながら鼻で笑った。
「我々の**『ID野球』**の敵ではない。彼らの行動パターンは既に解析済みだ。赤城の投球パターン、打者の癖、すべてがこのデータベースにある」
「なんか……すごく嫌な感じですね」
防具をつけた俺が言うと、マウンドの赤城はニカっと笑った。
「へっ。あいつら、野球を『計算』だと思ってやがる。教えてやろうぜ古田。野球は『爆発』だってな!」
第1ラウンド:予測不能のリード
試合開始。理数館の攻撃。
マウンドには赤城。キャッチャーは俺だ。
「データによると、赤城の初球は98%の確率でストレート。コースは外角高め」
打席の数田が呟く。
俺はミットを構えた。
確かに、定石ならそこだ。しかし、俺には**「視えて」**いる。
バッターの筋肉の動き、視線の先、そして大気の流れ。
あいつは「外角高めのストレート」を待っている。そこへ投げれば打たれる。
(……赤城。首を振れ)
俺はサインを送る。
赤城はニヤリとして頷いた。
(インコース、足元ギリギリへのスライダーだ!)
ビュッ!!
「なっ!?」
数田がのけぞる。ボールは足元を抉るように曲がり、俺のミットに収まった。
「ストライクッ!!」
「ば、馬鹿な……! 初球から危険球スレスレの変化球だと!? セオリー無視も甚だしい! 計算式にないぞ!」
数田がベンチに向かって叫ぶ。
パソコンを叩く部員たちがざわつく。
「エラー! 予測不能な行動です!」
「確率0.02%の選択肢を選びました!」
第2ラウンド:消える魔球(物理)
その後も、赤城のピッチングはカオスを極めた。
• カーブのサインで直球を投げる(投げ間違い)。
• 牽制球と見せかけてホームに投げる(クイック)。
• 「うおおお!」と叫びながらスローボールを投げる。
「くそっ! なんだあいつは! リズムも呼吸もメチャクチャだ! 統計が役に立たない!」
理数館ナインはパニックに陥っていた。
赤城の投球は、データ野球の最大の弱点――**「アホすぎて予測できない」**という領域に達していたのだ。
そして、最終回。2アウト満塁。一打逆転のピンチ。
バッターは再びキャプテン数田。
「くっ……だが、ここ一番では必ず『決め球』が来るはずだ。過去のデータから、全力のストレートが来る確率は100%!」
数田はバットを短く持ち、直球に備えた。
俺は赤城を見た。
赤城は、今日一番の笑顔で笑っていた。
(古田。……あれ、やるぞ)
(……マジか。でも、今のお前ならいける!)
俺は頷き、ミットを構えた。
赤城が大きく振りかぶる。
「うおおおおおっ!! 消えろォォォッ!!」
気合いと共に放たれたボール。
それは、凄まじい回転数を伴い、打者の手元で――本当に視界から消えた。
「なっ!? ボールが……消滅した!?」
数田が空振りする。
その直後。
ドスンッ!!
俺のミットに、ボールが収まった。
「バッターアウト! 試合終了!!」
オーバーヒート
「……は?」
数田は呆然とバットを落とした。
「ありえない……。今の軌道、物理演算上、重力係数がマイナスにならないと説明がつかない……。空気抵抗のベクトルが……回転軸が……」
数田はブツブツと計算を始めた。
ベンチの部員たちも、一斉にパソコンを叩き始める。
「計算しろ! 今の球の軌道を再現するんだ!」
「ダメです! エラーが出ます! 解が『無限』になります!」
「論理矛盾だ! 脳が……CPUが追いつかない……!」
その時だった。
プシューーーーーッ……
数田の頭頂部から、真っ白な煙が噴き出した。
「あ、あばばばば……。理解不能……理解不能……」
さらに、ベンチのパソコンからも火花が散り、部員たちが次々と白目を剥いて倒れていく。
「き、キャプテンがショートしたーッ!!」
「データ班が全滅だぁぁ!!」
理数館中学、完全なるオーバーヒート。
彼らは、赤城という「特異点」を理解しようとして、脳の処理落ちを起こして自滅したのだ。
勝利のハイタッチ
「っしゃあああ! 勝ったぜ古田ァ!」
マウンドから走ってきた赤城と、ガシッと抱き合う。
手は腫れ上がっているが、痛みなんて感じない。
「ナイスボールだ、赤城。……最後のアレ、何だったんだ?」
「おう! **『俺が消えると思ったら消えるボール』**だ!」
「理論ゼロかよ!」
やはり、こいつとバッテリーを組むのは疲れる。
でも、頭から煙を吹いて倒れている対戦相手を見るのは、正直ちょっとスカッとした。
「次は県大会だ! 行くぞ古田!」
「勘弁してくれ……」
俺の「安息の2学期」は、まだまだ遠そうだった。




