第53章:祭りの終わりと、踊る付喪神
暴走の前兆
10月2日。文化祭2日目。
昨日にも増して、校内は熱気に包まれていた。
俺たち1年B組の**「恐怖と筋肉の館」**も、リピーターが出るほどの盛況ぶりだ。
「キャアァァァ!!」
「うおおお! スクワット30回達成!」
悲鳴と歓声が心地よいBGMになっている。
しかし、俺はモニターを見ながら眉をひそめていた。
「……なんか、動きが激しくないか?」
オカルト・ゾーンにある**「狐の面」と「着物」**だ。
昨日はフワリと浮いて手招きする程度だったのに、今日は音楽に合わせてノリノリで踊ったり、客の肩をポンと叩いたりしている。
「あいつら……シャバの空気に当てられたか」
櫻子先輩から借りた付喪神たち。
彼らは人間の「熱狂」や「興奮」をエネルギー源にする。文化祭の熱気を吸いすぎて、ちょっと酔っ払っているようだ。
「古田くん! 大変!」
なのはさんが血相を変えて飛び込んできた。
「狐のお面が……いないの!」
「はぁ!?」
モニターを見ると、祭壇の上に置いてあったはずの狐面が消えている。
そして、廊下の方から悲鳴……ではなく、どよめきが聞こえてきた。
狐の脱走劇
「いたぞ! あそこだ!」
廊下に出ると、人混みをかき分けて、狐の面がヒョイヒョイと飛び跳ねていくのが見えた。
その下には、どこから調達したのか、**学ラン(誰かの忘れ物)**を着込んで、手足を生やして走っている。
「完全に実体化してやがる!」
「待てェェェ!!」
俺と赤城が追いかける。
狐面は「ケケケッ!」と笑い声を上げ(周りには効果音だと思われている)、階段の手すりを滑り降り、昇降口へと向かっていく。
「マズい! 外に出られたら回収できなくなる!」
「任せろ! 俺の足なら追いつける!」
赤城が猛ダッシュで距離を詰める。
しかし、狐面はひらりと身を翻し、赤城の股下をくぐり抜けた。速い!
「なめんなよ……!」
俺は腰のムチに手をかけた。
しかし、ここは衆人環視の廊下だ。ムチを振るえば目立ちすぎる。
「古田! これを使え!」
横から**玄田部長(ボランティア部)**が現れ、ロープを投げてきた。
「部長!?」
「逃げたペットの捕獲か? 手伝うぞ!」
さすが部長、状況判断が早い。
俺はロープを受け取り、前日に伝授された「もやい結び」で輪を作った。
「そこだッ!!」
ヒュンッ!
ロープが見事に狐面の胴体(学ラン)を捉えた。
「捕まえた!」
「キュウッ!?」
狐面が空中で静止する。
俺たちは暴れる狐面(中身は空っぽの学ラン)を押さえ込み、なんとか空き教室へと引きずり込んだ。
祭りの終わり
「……ふぅ。危なかった」
空き教室の隅で、俺は狐面を説教した。
「いいか! 勝手に出歩くなと言っただろう! 先輩に言いつけるぞ!」
狐面はシュンとして、小さく震えた。
どうやら、外から聞こえる「後夜祭」の音楽に惹かれて、踊りに行きたかったらしい。
「……気持ちは分かるけどな」
俺はため息をついた。
こいつらも、長い間ずっと暗い倉庫にいたんだ。祭りを楽しみたい気持ちは分かる。
「分かったよ。……少しだけだぞ」
俺は窓を開けた。
校庭では、大きなキャンプファイヤーが燃え上がり、オクラホマミキサーの曲が流れている。
「ここから見るだけだ。行くことはできない」
狐面は窓枠に乗り、じっと炎を見つめていた。
その横顔は、どこか満足げに見えた。
後夜祭のダンス
「古田くん、ここにいたんだ」
教室のドアが開き、なのはさんが入ってきた。
ジャージ姿だが、顔は少し赤らんでいる。
「……あのさ。もしよかったら、一緒に踊らない?」
「え?」
「フォークダンス。……人数合わせでいいからさ」
なのはさんは、照れ隠しのようにそっぽを向いている。
俺はチラリと狐面を見た。
狐面は、**『行けよ!』**とばかりに、俺の背中をポンと押した(物理)。
「……分かった。行こうか」
俺たちは校庭へと降りた。
炎の周りを、大勢の生徒たちが回っている。
俺はなのはさんの手を取り、輪の中に加わった。
(……温かいな)
なのはさんの手は温かかった。
そして、ふと思う。
もし、櫻子先輩がここにいたら。
先輩の手は冷たいけれど、もし蘇生できたら、こうして温かい手を繋いで、一緒に踊れるのだろうか。
炎の向こうに、13歳の先輩の笑顔が揺らいで見えた気がした。
祭りのあと
文化祭は終わった。
片付けを終えた教室は、祭りのあとの静けさに包まれていた。
俺は、狐面や衣装を風呂敷に包み、旧校舎の裏へと向かった。
バックドアの出口に、荷物を置く。
「先輩。ありがとうございました。……こいつら、脱走しようとしましたけど、楽しんでましたよ」
置いた瞬間、風呂敷がフワリと消えた。
向こう側で、先輩が回収したのだ。
風に乗って、金木犀の香りがした。
秋が来る。
俺たちの長い夏は、こうして幕を閉じた。
「……さあ、帰ろう」
俺は誰もいない校庭を横切り、家路についた。
明日からはまた、日常が始まる。
そして、あの「コア探し」も、また一歩ずつ進めていかなければならない。




