第51章:文化祭準備と、筋肉ホラー脱出ゲームの迷宮
混沌の教室
9月下旬。文化祭まであと1週間。
1年B組の教室は、段ボールとペンキの匂い、そしてプロテインの香りに包まれていた。
「いいか! 第一ステージの関門はこれだ!」
担任の角田先生が、教室の入り口に巨大な跳び箱(8段)を設置している。
「先生……これ、脱出ゲームの障害物ですよね?」
実行委員の俺、古田降太は確認した。
我がクラスの出し物『恐怖と筋肉の館 ~生きて出られたら褒めてやる~』は、謎を解き、障害物を越えて教室から脱出するゲームだ。
「そうだ! この跳び箱の中に『脱出の鍵』を隠す! 手に入れたくば飛んでみせろ!」
「物理的すぎる! 運動音痴な人はどうするんですか!」
「安心しろ。飛べない奴のために、横に『スクワット10回で通れるゲート』も用意した!」
「配慮の方向性がおかしい!」
オカルト班の「呪いの謎解き」
「古田くん! こっちの『謎解きエリア』見て!」
教室の奥、暗幕で仕切られたエリアから、綿貫なのはさんが手招きしている。
彼女はオカルト班のリーダーとして、ストーリーと内装を担当していた。
「ここが、鍵の隠し場所である『儀式の間』よ」
そこには、ボロボロの日本人形、血のついたお札(赤インク)、そして床に描かれた魔法陣があった。
クオリティが高いとかいうレベルではない。空気が澱んでいる。
「……なのはさん。この日本人形、どこから持ってきたの?」
「え? オカルト部の部室の奥にあった『開かずの木箱』から」
「戻してきなさい!! 今すぐに!!」
俺は叫んだ。
謎解きの小道具に本物の呪物を使うな。
「この人形の髪が伸びる長さを計算して暗号を解け」とか言われたら、解く前に呪い殺される。
「えー、リアルでいいのにぃ」
「リアルすぎて学校閉鎖になるわ! 謎解きはもっとこう、平和な暗号にして!」
崩壊するゲームバランス
俺は頭を抱えた。
角田先生の「物理ギミック(筋肉)」と、なのはさんの「ガチ呪物」。
この二つが融合した結果、この脱出ゲームは「霊障に耐えながら筋トレをする」という地獄のアトラクションになりつつある。
「……謎解き要素が、筋肉と恐怖に圧殺されてる」
俺は実行委員として、ゲームバランスの調整に奔走した。
• 修正案1: 跳び箱の中の鍵は廃止 → 「跳び箱に書かれた数字を読み取る」に変更。
• 修正案2: マッスルゾンビ(男子生徒)の襲撃 → 「徘徊するゾンビに見つからないように進む(ステルス)」に変更。
• 修正案3: 日本人形 → 櫻子先輩から借りる予定の「狐の面(安全なやつ)」に変更。
「はぁ……資材が足りない」
特に、安全かつ雰囲気が出る「ホラー小道具」が圧倒的に足りない。
予算は角田先生がプロテインと跳び箱のレンタル代に使ってしまった(自腹で補填させたが)。
裏世界からの資材調達(決死のダイブ)
「……あっち(園芸部)にあるかな」
夕方。俺は一人、旧校舎の裏へと向かった。
園芸部には、ガラクタや古い道具がたくさんある。櫻子先輩なら、何か貸してくれるかもしれない。
百葉箱の前で、俺はリュックから「ある物」を取り出した。
リボルバー式の拳銃の形をしたオモチャ。
加藤先生特製の「風船ロシアンルーレット」だ。
(新学期に入って結界が強まってる。中途半端な痛みじゃ飛べない……)
俺はこめかみに冷たい銃口を当てた。
6分の1の確率で、耳元で風船が破裂する。その「いつ来るかわからない衝撃」だけが、脳を騙して向こう側へ行けるチケットだ。
「頼む、一発で……!」
カチッ。(セーフ)
カチッ。(セーフ)
冷や汗が流れる。この緊張感こそがトリガーだ。
「うおおおっ!」
パンッ!!!
鼓膜を突き破る破裂音。
視界が白く弾け飛び、意識が強制的にシャットダウンする。
付喪神との遭遇
「……うぅ」
目を覚ますと、そこは薄暗い園芸部の床だった。
成功だ。
「あら、いらっしゃい。また随分と派手な入り方ね」
櫻子先輩が、優雅に読書をしながら迎えてくれた。
「聞いてくださいよ先輩……脱出ゲームが『筋肉迷宮』になりかけてて……」
俺はフラフラと起き上がり、クラスの惨状を愚痴った。
「ふふっ。賑やかでいいじゃない」
先輩は笑って、部屋の奥から大きな布風呂敷を持ってきた。
「はい、これ。差し入れよ」
風呂敷を解くと、中には古風な着物や、レトロなランプ、そして古びた「狐の面」などが入っていた。
「わあ、すごい! 雰囲気ありますね……これ、どうしたんですか?」
「ええ。この旧校舎、昔は演劇部が使っていたのよ。彼らが新校舎へ移る時に置いていった『忘れ物』ね」
先輩は、狐の面を愛おしそうに撫でた。
「持ち主が帰ってこないのは、私と同じ。埃を被って可哀想だったから、私が毎日磨いてあげているの」
(先輩……優しいな)
俺が感動しかけた、その時だった。
先輩の手の中にある狐の面が、俺の方を見て、パチリとウインクした。
「……えっ?」
俺は目をこすった。
今、面が動かなかったか?
「どうしたの? ふるふる君」
「い、いえ……」
先輩は気づいていない。
さらに、風呂敷の中の着物が、袖をモゾモゾと動かして、俺に向かって「よっ、よろしくな」と手を振った(ように見えた)。
(……これ、ただの小道具じゃない!)
俺の「視る目」が告げている。
これらは、長い年月を経て魂が宿った「付喪神」だ!
漂流してここに流れ着いた彼らを、先輩が「ただの忘れ物」と勘違いして、手厚く世話(供養)していたのだ。
「この子たち、とってもいい子なのよ。いつも静かで、私の話を聞いてくれるの」
先輩が微笑むと、狐の面がデレデレした表情(気のせいではない)になり、着物が「へへっ、照れるぜ」と身をよじった。
(……猫かぶってる! 先輩の前だから大人しくしてるだけだ!)
「はい、どうぞ。誰かを驚かせるのが、この子たちの本望でしょうから」
先輩から狐の面を手渡される。
その瞬間、頭の中に『へへっ、久しぶりのシャバだぜ! 暴れるぞー!』という声が響いた気がした。
「ひぃっ!?」
「ふるふる君?」
「あ、ありがとうございます! 大事に使います!(封印的な意味で)」
俺は冷や汗をかきながら言った。
しかし、これを持って帰るのは大変だ。生きた妖怪だし、ワープの衝撃で暴れられたら困る。
「先輩。これ、『裏口』に置いておいてもらえますか?」
「ああ、タマちゃんが通っている『紫陽花のバックドア』ね。分かったわ」
先輩は、部屋の隅にある、壁のシミのような歪みを指差した。
あそこが、現実世界の旧校舎の隅と繋がっている、小さな抜け道だ。
「そこに置いておくわね。それと、これは『燐光の粉』。紫陽花の花粉を集めたものよ。これがあれば、コイツら(付喪神)が暴走しても、なんとか抑え込めるはずよ」
「先輩……! さすがです!」
これで、安全に受け渡しができる。
「ありがとう、先輩! 当日、楽しみにしててね!」
「ええ。……頑張ってね、実行委員長」
先輩が、花瓶の紫陽花を一輪、俺に手渡した。
俺はその香りを胸いっぱいに吸い込む。
「へっ、くちゅん!」
視界が歪み、俺は現実世界へと戻った。
戦場への帰還
戻ってきたのは、夕暮れの旧校舎裏。
ワープの衝撃で少しふらつきながら、俺は校舎の隅にある、紫陽花の植え込みの方へ向かった。
そこには、大きな布風呂敷がポツンと置かれていた。
「……あった」
俺は風呂敷を拾い上げた。
中では、狐の面や着物たちがモゾモゾと動いている。
「……なのはさんが望んでいた『本物』になっちゃったな」
俺は風呂敷の結び目をきつく締め直した。
「いいか、お前ら! 文化祭の間だけだぞ! 生徒を呪ったりしたら、先輩に言いつけるからな!」
風呂敷の中身が一瞬静まり返り、それから『了解!』という意思表示のように、ポンと跳ねた。
俺は頭を抱えながら、再び戦場(1年B組)へと走った。
これで、ホラー演出のクオリティだけは、保証されたも同然だ。




