番外編:真夏のプールと、ドスコイ愛妻弁当
筋肉、プールサイドに立つ
夏休み真っ只中。
市民プールの入り口で、一人の男が仁王立ちしていた。
角田 角先生だ。
競泳用海パン一丁。その肉体は、ギリシャ彫刻のように仕上がっている。
周りの子供たちが「すげぇ……」「ゴリラだ……」と遠巻きに見ているが、彼は気にしていない。
今日は、山口綾華先生との初プールデートなのだ。
「落ち着け……俺の心拍数。有酸素運動レベルまで下げるんだ……」
彼は緊張していた。
温泉旅行で距離が縮まり、お姫様抱っこまでしてしまったが、水着姿を見るのは初めてだ。
「お待たせしました、角田先生!」
「ッ!!」
声がした方向へ、角田先生はバッと振り返った。
衝撃のトランジスタグラマー
そこに立っていたのは、パーカーを羽織った山口先生だった。
しかし、彼女は照れくさそうにパーカーを脱ぎ捨てた。
「その……新しい水着、買ってみたんですけど……」
現れたのは、鮮やかなピンク色のビキニ姿。
山口先生は小柄だ。生徒と間違われるくらい小さい。
しかし、その体型はいわゆる「トランジスタグラマー」。出るところは驚くほど出ており、くびれはキュッと引き締まっている。
童顔に、豊満なボディ。
その破壊力は、核弾頭クラスだった。
「ど、どうですか……?」
先生が上目遣いで尋ねる。
「…………」
角田先生の脳内で、理性のヒューズが飛んだ。
「ぶべらっ!!」
ドサァッ!!
角田先生は白目を剥き、口から泡を吹いて、その場に卒倒した。
あまりの刺激に、脳が強制シャットダウンを起こしたのだ。
「きゃあぁぁっ!? 角田先生!? しっかりして!!」
小さな身体の秘密
木陰のベンチで、角田先生は膝枕(!)で介抱されていた。
「す、すまん……。あまりに魅力的すぎて、意識が……」
「もう、大げさなんだから」
山口先生は嬉しそうに笑っている。
角田先生は、彼女の華奢な肩を見ながら思った。
(こんなに小さくて可愛らしい人が……俺みたいな筋肉ダルマを好いてくれるとは)
実は、山口先生には男性恐怖症の気があった。
普段は気丈に振る舞っているが、大柄な男性が近づくと、無意識に震えてしまうことがあったのだ。
しかし、角田先生だけは平気だった。
(……お兄ちゃんに、似てるからかな)
山口先生の実家は、由緒ある相撲部屋だ。
彼女は屈強な力士たちに囲まれて育った。
しかし、過去に弟子の裏切りによる怖い経験をし、それを救ってくれたのが、当時幕内力士だった一番上の兄だった。
圧倒的な強さと、それを包む優しさ。
角田先生の筋肉は、彼女にとって恐怖の対象ではなく、「最強の安心感」そのものなのだ。
横綱級のお弁当
「先生、お腹空きましたよね? お弁当作ってきたんです!」
お昼時。山口先生が取り出したのは、風呂敷に包まれた巨大な物体だった。
解いてみると、出てきたのは五段重ねの重箱。
おせち料理か?
「さあ、開けますよ!」
パカッ。
• 一の重: 隙間なく詰め込まれた、黄金色の玉子焼き(砂糖多め)。
• 二の重: 蓋が閉まらないほどの鶏の唐揚げ山脈。
• 三の重: 赤い軍団、タコさんウインナーが数百匹。
• 四の重: ぎっちりとプレスされた、白米の壁(お米)。
• 五の重: デザートのホールケーキ(手作り)。
「……こ、これは」
「ふふっ、張り切って作りすぎちゃいました! ……多かったですか?」
山口先生は首をかしげる。
彼女の感覚(相撲部屋基準)では、これが「成人男性一食分(軽め)」なのだ。
普通の男なら、見ただけで胸焼けして逃げ出す量だ。
しかし、角田先生は違った。
「おおおおおっ!!」
彼は感動で震えていた。
タンパク質! 炭水化物! そして愛!
トレーニーが求める全てが、ここにある。
「いただきますッ!!」
マッスル・エクスプロージョン
ガツガツガツッ!!
角田先生の箸が止まらない。
唐揚げを飲み込み、米をかきこみ、玉子焼きで追撃する。
「うまい! うまいぞ山口先生!!」
「よかったぁ! たくさん食べてね!」
山口先生も、自分の作ったちゃんこ……いや、弁当を豪快に食べてくれる姿を見て、うっとりしている。
そう、彼女が必要としていたのは、この「食いっぷりの良さ」と「全部受け止めてくれる包容力(胃袋)」なのだ。
15分後。
重箱は綺麗に空になった。
「ごちそうさまでしたァッ!!」
角田先生が立ち上がる。
全身から湯気が出ている。摂取した数千キロカロリーが、即座にエネルギーへと変換されていく。
「力が……愛の力が漲ってくるッ!!」
「先生?」
「うおおおおおっ!!」
角田先生は喜びを爆発させ、その場で高速スクワットを始めた。
さらに、近くにあったベンチ(誰も座っていない)を持ち上げ、アームカールを始める。
「フンッ! フンッ! 愛! 感謝! 筋肉!!」
「素敵……! 先生、輝いてるわ!」
プールサイドでベンチを上げ下げするゴリラと、それに黄色い声援を送るビキニの美女。
周囲の客はドン引きしていたが、二人の世界は完璧に完結していた。
満腹からの提案
一通りの喜びの舞(筋トレ)を終えた角田先生は、全身から湯気を出して充実感に浸っていた。
「角田先生、凄いです! カロリーが全部筋肉になっていくのが見えました!」
山口先生も拍手喝采だ。
お腹も落ち着いたところで、彼女はプールの方を指差した。
「さあ、エネルギーも充填できましたし、泳ぎましょうか! 流れるプールに行きませんか?」
その瞬間。
角田先生の動きが、ロボットのようにピタリと止まった。
「……お、泳ぐ?」
「はい。せっかくプールに来たんですから」
「あ、ああ……そうだな。……うむ」
先生の額から、冷や汗が流れる。
先ほどまでの覇気はどこへやら。彼はガチガチに強張った動きで、プールサイドへと向かった。
重力の呪縛
「冷たくて気持ちいいですね~」
山口先生(ビキニ姿)が、チャプチャプと水に入る。
角田先生は、プールサイドで仁王立ちしたまま、水面を睨みつけている。
まるで、親の仇を見るような目だ。
「先生? 入らないんですか?」
「……いくぞ。俺の筋肉よ、浮力を信じろ」
角田先生は悲壮な決意で、ドボンとプールに入った。
ボコボコボコ……。
一瞬だった。
水しぶきを上げることもなく、彼は鉛の塊のように、垂直にプールの底へと沈んでいった。
「せ、先生!?」
山口先生が慌てて潜り、先生を引き上げた。
「ブハッ!! ……げほっ、げほっ!」
「大丈夫ですか!? 足がつきました!?」
「……すまん、山口先生」
角田先生は、濡れた髪をかき上げ、情けなさそうに言った。
「俺は……カナヅチなんだ」
「えっ」
「筋肉の密度が高すぎて……水に浮かないんだ! どんなに手足を動かしても、物理法則が俺を底へと引きずり込む!」
悲しきモンスターの告白だった。
陸上では無敵の彼も、水中ではただの沈む石なのだ。
浮き輪の女神
「……ぷっ」
山口先生が吹き出した。
そして、コロコロと楽しそうに笑った。
「あはは! なんだ、そんなことですか! 先生にも弱点があったんですね!」
「わ、笑い事ではない! 命に関わる!」
「大丈夫ですよ。……ほら」
山口先生は、持参していたピンク色の大きな浮き輪を、角田先生に差し出した。
「これにつかまってください。私が引っ張ってあげますから」
「……いいのか? 男として、情けなくないか?」
「ううん。可愛いです」
可愛いと言われて、ゴリラ(先生)が赤面する。
彼は大人しく浮き輪の穴に体を入れ(胸板が厚すぎてギリギリだった)、プカプカと浮かんだ。
「おお……! 浮く! 俺が浮いているぞ!」
「ふふっ。さあ、行きましょう!」
山口先生が、浮き輪に入った角田先生を引いて泳ぎ出す。
彼女は小柄だが、さすが元・相撲部屋の娘。足腰と体幹がしっかりしているため、巨漢の角田先生をスイスイと運んでいく。
逆転の構図
流れるプール。
そこには、奇妙なカップルの姿があった。
ピンク色のビキニを着た小柄な美女が、ピンク色の浮き輪にハマった巨大な筋肉ダルマを、飼い主のように引率している。
「あー! 楽ちんだなー!」
角田先生は、浮き輪の上で空を仰ぎ、完全にリラックスしていた。
水への恐怖が消え、山口先生への信頼だけが残る。
(……強い人だなあ)
角田先生は、前を行く山口先生の背中を見つめた。
華奢に見えて、実は誰よりも芯が強く、包容力がある。
俺が守ってやるつもりだったが、案外、守られているのは俺の方かもしれない。
「山口先生!」
「はい?」
「……好きだッ!!」
「ひゃっ!?」
突然の愛の告白(デカい声)に、山口先生が赤面して足を滑らせた。
「わわっ!」
「ぬおっ!?」
二人は絡まり合って、バシャーンと水中に倒れ込んだ。
水の中で目が合い、ブクブクと泡を吐きながら、二人は笑い合った。
かっこ悪くて、最高に幸せな夏の一日。
カナヅチの筋肉教師と、力持ちの家庭科教師。
二人の相性は、やはり抜群だったようだ。




