第49章:乙女の惚気話と、筋肉のお姫様抱っこ
ピンク色の部室
文化祭実行委員会の翌日。放課後。
俺はボランティア部の部室(家庭科室)のドアを開けた瞬間、思わず目を細めた。
「眩しい……」
部室が、物理的にピンク色のオーラで満たされていたからだ。
その発生源は、顧問の山口綾華先生だ。
先生は、鼻歌を歌いながら、文化祭用のベルマーク集計箱をデコレーションしている。その顔は、今まで見たことがないほど乙女の表情だった。
「あら、古田くん。ごきげんよう♪」
「……先生、何かいいことありました?」
俺が恐る恐る聞くと、先生は待ってましたとばかりに身を乗り出した。
「聞いてくれる!? 実はね、夏休みに角田先生と旅行に行ってきたの!」
「旅行!? ついにそこまで!」
部室にいたキティ先輩が「まあ!」と口元を押さえ、玄田部長が「進展したな」と頷く。
俺は椅子を引き寄せた。これは聞かなければならない。愛のキューピッド(自称)として。
筋肉ダルマの荷物持ち
「それでね、温泉街に行ったのよ。石畳が綺麗な、風情のあるところでね」
山口先生がうっとりと語り始めた。
「角田先生ったら、待ち合わせ場所に来た瞬間、『山口先生の荷物は俺が持つ!』って、私のキャリーケースを軽々と担ぎ上げちゃったの」
「担いだんですか? 引くんじゃなくて?」
「ええ。自分の巨大なリュック(たぶんダンベル入り)を背負って、私のケースを片手で持って、さらに『お土産も全部俺が持つから、手ぶらでいいぞ』って」
想像通りだ。あの人にとって、荷物持ちは労働ではなくトレーニングなのだろう。
「ずっと坂道だったんだけど、先生は息一つ乱さずに、『景色が綺麗ですね』なんて爽やかに笑ってくれて……。本当に頼りになるわぁ」
悲劇と、筋肉の奇跡
「でもね、事件が起きたの。帰りのバス停に向かう途中……私のサンダルのヒールが、石畳の溝に挟まって折れちゃったの!」
「あちゃー……定番のトラブルですね」
「そうなの。もう歩けないし、バスの時間も迫ってるし、どうしようって泣きそうになってたら……」
先生は頬を赤らめ、両手で顔を覆った。
「角田先生が、無言で背中を向けて……おんぶしてくれるのかと思ったら、違うの。クルッと振り返って、私を横抱きにしたのよ!!」
「えっ」
「お姫様抱っこよ!! あの丸太みたいな腕で、ヒョイって!!」
部室がどよめいた。
キティ先輩が「キャーッ!」と黄色い声を上げる。
「『じっとしててください。……落としませんから』って、低い声で囁いて……! そのままバス停までの道のり、2キロくらいを、一度も下ろさずに歩ききったのよ!!」
「2キロ!? お姫様抱っこで!?」
俺は絶句した。それはもう、愛の力というより、単なる筋力の暴力だ。
普通なら腕が死ぬ。しかし、角田先生にとっては、山口先生(成人女性)などバーベル代わりの負荷に過ぎないのかもしれない。
「周りの観光客に見られて恥ずかしかったけど……先生の胸板、すごく厚くて、心臓の音がトクトク聞こえて……私、もうダメかと思ったわ(嬉死)」
幸せの余波
「それ以来、先生とは毎日メールしてるの。ふふっ、今年の文化祭は、一緒に見回りをすることになったわ」
山口先生は、完全に幸せの絶頂にいた。
背後には「寿」という文字が浮かんで見えるほどだ。
「良かったですね、先生……」
俺は心から祝福した。
第7章で梯子から落ちてきた先生を角田先生が受け止め、第23章で俺たちがデートを後押しし、そして第49章でついに結ばれた(?)。
長い道のりだった。
「ありがとう、古田くん。あなたのおかげよ。……お礼に、またクッキー焼いてこようか?」
「あ、それは大丈夫です!! お腹いっぱいです!!」
俺は全力で拒否した。
今の先生が作るクッキー(愛の重力マシマシ)なんて食べたら、今度こそ胃袋の中にブラックホールが生成されてしまう。
「ちぇっ。……さあ、愛のパワーで文化祭準備、頑張るわよー!」
先生の掛け声で、ボランティア部の士気(主に恋愛トークへの食いつき)が上がった。
角田先生、あんたは漢だ。
俺は心の中で、担任の筋肉ダルマに向かって敬礼した。




