第46章:宿題タワーの崩壊と、総力戦の夏休み最終日
欺瞞の果てに
8月30日。夏休みも残すところあと2日。
俺、古田降太は、自室で余裕の表情を浮かべていた。
「ふふふ。校長先生のおかげで、今年の宿題は楽勝だったな」
終業式での校長の宣言通り、通常の宿題は極限まで減らされていた。
読書感想文(櫻子先輩の受け売りでシェイクスピアを論じた)も、自由研究(裏世界の生態観察日記・検閲済み)も終わっている。
あとは、新学期を待つだけだ。
「……ん? なんだこれ」
机の奥から、分厚い封筒が出てきた。
表書きには、達筆な筆文字でこう書かれている。
『古田降太殿 夏期特別補習・追加課題一式 差出人:与市星一』
「…………」
嫌な予感がする。
俺は恐る恐る封筒を開けた。
ドサッ。
中から出てきたのは、辞書のように分厚い数学ドリルの束だった。
『補習の成果を確認するため、全問解いて提出すること。未提出の場合、2学期は放課後マンツーマン指導とする』
「うわあああああああああああっ!!!」
俺の絶叫が、真夏の空に響き渡った。
校長の「宿題減らした」宣言は、補習対象者(赤点組)には適用されていなかったのだ!
緊急招集:チーム・ボランティア
「無理だ……。これ、人間の処理能力を超えてる……」
ページを開くと、微分積分、三角関数、そして見たこともない難問がびっしり。
俺一人では、解くのに3年はかかる。
俺は震える手でスマホを取り出し、グループLINEにSOSを送った。
『助けてください。宿題が終わらないと死にます』
数十分後。
俺の部屋に、頼もしい仲間たちが集結した。
「古田! 困っている時はお互い様だ!」
ボランティア部の面々だ。
玄田宇宙部長が、ロープで窓から侵入してきた(玄関から来てください)。
本田キティ先輩が、優雅に紅茶セットを広げている。
溝渕福造先輩は、大量の空き缶(栄養ドリンクの空き瓶)を持参している。
「部長……! 先輩たち……!」
「任せなさい古田さん。これも人助け、ボランティア活動の一環ですわ」
キティ先輩が微笑む。後光が見える。
援軍到着:チーム・オカルト&野球バカ
さらに、インターホンが連打された。
「開けろ顧問! 貴様の怨念が電波に乗って届いたぞ!」
オカルト部のヨミ部長と、なのはさんだ。
ツチノコ先輩はいつの間にか天井裏にいる気配がする。
「古田くん! 私も手伝うよ!」
なのはさんが筆記用具を構える。女神か。
「おう古田! 差し入れ持ってきたぜ!」
さらに、窓の外から赤城烈兎が顔を出した。
野球部の練習帰りらしい。
「安中から聞いたぞ。お前、ピンチらしいな。俺の動体視力で答えを写させてやるよ!」
「いや、答えがないから解かなきゃいけないんだよ!」
こうして、俺の狭い部屋に、学校中の変人たちが集結した。
「第1回・古田降太の宿題殲滅作戦」の開始だ。
地獄の分業制
「よし、役割分担だ!」
玄田部長が指揮を執る。
• 計算班(主力): なのはさん、キティ先輩(意外と数学が得意)、ヨミ部長(中二病知識で記号を解読)。
• 筆記班(代筆): 赤城(ものすごい速さで写す)、溝渕先輩(空き缶プレスの握力で書き続ける)。
• 補給班: 古田(お茶汲み)、母さん(霊体・応援係)。
「いけぇぇぇ! この因数分解をバラバラに解体しろ!」
「古田さん! 紅茶のおかわりを!」
「我が右目の封印を解き、解を導き出さん……!」
「うおおお! 直球勝負だ! 全部『3』って書けば当たるだろ!」
「それはダメだ赤城くん!」
部屋は戦場と化した。
シャーペンの芯が折れる音、ページをめくる音、そして赤城の的外れな叫び声が交錯する。
裏からの支援
深夜2時。
さすがに全員の疲労がピークに達していた。
「……もう、指が動かない……」
なのはさんが机に突っ伏す。
キティ先輩も優雅さを失い、白目を剥いている。
「くっ……ここまでか……」
俺が諦めかけたその時。
窓の外、百葉箱の方角から、フワリと甘い香りが漂ってきた。
「ん?」
窓を開けると、そこに小さなバスケットが置かれていた。
中には、「魂の胡麻入りクッキー」と、一枚のメモ。
『頑張りなさい、愚かなる後輩たちよ。 櫻子&加藤』
「先輩……! 先生……!」
裏世界からの差し入れだ。
俺はクッキーを全員に配った。
「食え! これを食えば復活する!」
「なんだこれ? うめぇ!」
「力が……力が湧いてくる!」
クッキーを食べた瞬間、全員の目がカッと見開かれた。
存在力保持剤の効果で、疲労が消し飛び、脳が覚醒する。
「よっしゃあああ! ラストスパートだオラァ!!」
赤城が咆哮する。
俺たちは、クッキーの力で、夜明けまでの数時間を駆け抜けた。
祭りのあと
翌朝、8月31日。
俺の部屋には、屍の山が築かれていた。
折り重なって眠る部員たち。
その中心に、全てのページが埋められた数学ドリルが、朝日に照らされて輝いていた。
「……終わった」
俺は震える手でドリルを抱きしめた。
勝ったのだ。与市先生の理不尽な課題に、友情と結束力で打ち勝ったのだ。
「みんな……ありがとう……」
俺は寝ているみんなに毛布をかけ(赤城には新聞紙をかけ)、静かに部屋を出た。
今日は夏休み最終日。
このドリルを提出し、俺の夏休みは、本当の意味で幕を閉じる。
学校への道中。
俺は空を見上げた。
高く澄み渡る秋の空に近い青色が、新しい季節の始まりを告げていた。
「さあ、2学期だ」
俺はドリルをリュックに押し込み、少しだけ軽くなった足取りで学校へと向かった。




