第39章:終わらない夏合宿と、魂の胡麻クッキー
永遠の放課後
地下教室での合宿が始まって、体感で2週間が経過した。
しかし、教室の時計はまだ3時間しか進んでいない。
「おい古田……俺、もうダメだ……数式がゲシュタルト崩壊して、空を飛んでる……」
「頑張れ赤城。あと100問解けば休憩だ」
俺たちは、この超・時間遅延空間の恩恵(呪い?)を最大限に利用され、詰め込み教育の極致を味わっていた。
外の世界ではまだ夕方だが、ここでは既に一学期分くらいの学習量を消化させられている。
特別講師:冒険家カトウの爆発実験
「よーし、数学で脳みそが腐った頃だな! 理科の時間だ!」
ガララッ!
教室の扉を開けて入ってきたのは、白衣ならぬ迷彩服を着た、25歳バージョンの加藤先生だ。
手には、怪しげな色の液体が入ったフラスコと、導火線がついた何かを持っている。
「先生、今日は何の実験ですか……?」
なのはさんがげっそりした顔で聞く。
「今日は『ニトロ化合物の安定性と爆発的燃焼』について学ぶぞ! 良い子は真似するなよ!」
先生はニカっと笑い、フラスコを黒板に投げつけた。
ドカァァァァン!!
色とりどりの煙が爆発し、黒板が消し飛んだ。
俺たちは机の下に隠れる。
「ひいいいっ! 戦争!?」
塩原さんがパニックで踊り出している。
「見たか! これが化学反応のエネルギーだ! ついでに、この煙幕の中で敵の目を欺くサバイバル術も教えるぞ! 全員、ガスマスク装着!」
「そんなもん持ってねーよ!」
赤城が叫ぶ。
加藤先生の理科実験は、常に命がけだ。しかし、その派手さとインパクトのおかげで、なぜか化学式だけは一発で頭に入ってくるから悔しい。
櫻子助手と、謎の補給食
「はいはい、加藤先生。教室を壊さないでくださいね」
煙の中から現れたのは、白衣を羽織り、指示棒を持った櫻子先輩だった。
今日は与市先生の「助手」という名目で、この合宿に参加している。
「みんな、お疲れ様。脳と魂が疲弊しているようね」
先輩は、バスケットから黒い粒々が入ったクッキーを取り出し、配り始めた。
「特製『魂の胡麻入りクッキー』よ。召し上がれ」
「わあ、美味しそう!」
なのはさんが飛びつく。
俺は警戒した。以前の「魂の球根クッキー(宇多川先輩を発狂させたやつ)」の悪夢が蘇る。
「先輩……これ、大丈夫なやつですよね?」
「失礼ね。これは、あなたたちがこの裏世界に長時間滞在しても、存在が希薄にならないようにするための『存在力保持剤』よ。胡麻に見えるのは、凝縮された『現世の未練』を黒焼きにしたものだから、栄養満点よ」
「素材が怖い!」
しかし、背に腹は代えられない。
一口食べると、香ばしい胡麻の風味と共に、体の奥底から「生気」が湧き上がってくるのを感じた。
「うめぇ! なんか力がみなぎってくるぜ!」
赤城が復活し、猛烈な勢いで腕立て伏せを始めた。
塩原さんも目がキラーンと輝き、「スクールアイドルの振付、新曲が降ってきましたわ!」と高速ステップを踏み始めた。
「……即効性が凄いな」
おまけの生物授業
「元気になったところで、生物の授業をしましょうか」
櫻子先輩は、黒板(半分吹き飛んでいる)の前に立ち、チョークで花の絵を描いた。
「この地下空間に咲く『青い紫陽花』。これはね、ただの植物ではないの」
先輩の授業は、静かで、どこか物語を聞いているようだった。
「植物は、土から養分を吸う。でも、ここの花は、人の『感情』を根から吸い上げ、花弁で濾過して、綺麗な『思い出』として空気に還すの。……光合成ならぬ、『想合成』ね」
先輩は、教室の窓の外、見渡す限りの紫陽花畑を指差した。
「あなたたちの悩みや、赤点の苦しみも、この花たちが吸ってくれるわ。だから、安心して学びなさい」
その言葉は、スパルタで荒んだ俺たちの心に、優しく染み渡った。
ヤンキーの赤城でさえ、神妙な顔でノートを取っている。
「……櫻子さんの授業、なんか泣けてくるな」
「うん。……私、理科好きになれそう」
なのはさんが目を潤ませている。
終わらない夏
「よし、感傷に浸ったところで、数学再開だ!」
鬼の与市先生が戻ってきた。
「次は微分積分だ。この空間の歪みを計算式で証明してもらう」
「「「えええええーーーっ!!」」」
阿鼻叫喚の悲鳴が上がる。
しかし、不思議と絶望感はない。
魂の胡麻クッキーのおかげか、それともこの奇妙な教師陣(ヤクザ、冒険家、地縛霊)の魅力のおかげか。
俺たちは、終わらない時間の檻の中で、少しずつ、しかし確実に「たくましく」なっていた。
彼らにとって、この合宿は一生忘れられない、奇妙で濃厚な夏の思い出となるだろう。
そして、2学期。彼らの成績が爆上がりして職員室をざわつかせるのは、また別の話である。




