第38章:地下教室のスパルタ合宿と、選ばれし赤点戦士たち
変貌した地下空間
夏休み初日。
俺は指定された集合場所である、旧校舎の裏へと来ていた。
そこには既に、ジャージ姿の与市先生が仁王立ちしていた。
「遅いぞ、古田。時間は金より重い」
「す、すみません! ……で、補習場所は?」
「ついて来い。校長が『最高の学習環境』を用意したそうだ。……逃げ場のない、な」
与市先生が指差したのは、例の地下への階段だった。
嫌な予感しかしない。
俺はおそるおそる階段を降りた。
階段を降りきった先。
そこは、以前見た「青い紫陽花の広間」ではなかった。
「……えっ?」
そこには、昭和の木造校舎の教室が広がっていた。
木の机、黒板、日めくりカレンダー。
窓の外には、どこまでも続く入道雲と青空(書き割りのような偽物の空)が見える。
「なんだここは……」
「校長の仕業だ」
与市先生が呆れたように言った。
「あの人の『学校への執着』と『生徒を見守りたいという念』が強まりすぎて、地下空間を理想の教室に書き換えてしまったらしい。……霊的公害だな」
パラレルワールドは「想いの強さ」で形作られる。
加藤先生の「教師としての愛情」が、この地下空間を完全な学び舎(監獄)に変えてしまったのだ。
選ばれし補習メンバー
教室には、既に数名の生徒が座らされていた。
全員、死んだ魚のような目をしている。
「よう、古田くん。奇遇だね」
一番前の席で手を振ったのは、綿貫なのはさんだった。
「綿貫さん!? 成績優秀な君がなんで?」
「うーん……実は、理科のテスト中に『宇宙人の交信』を受信しちゃって、回答用紙にひたすら電波文を書いちゃったの。そしたら0点」
「自業自得だね……」
オカルト部のエースは、テスト中も平常運転だったらしい。
そして、他にも見知らぬ顔が二人。
一人は、窓際で硬球を天井に向かって投げてはキャッチしている、日焼けした坊主頭の男子。
2組の赤城 烈兎だ。
超がつくほどの野球好きで、昼休みは給食を飲み込むや否やグラウンドへ消えるという伝説を持つ、野球部のエースピッチャーだ。
「あー、腹減った。早く終わらせて素振りしてぇ」
「赤城。ボールをしまえ。ここはマウンドではない」
与市先生が注意すると、赤城は「へいへい」とボールをポケットに入れた。
彼は直感だけで生きているタイプで、テストも「直感でマークシートを埋めたら全部外れた」という逸材だ。
もう一人は、教室の隅で分厚い純文学の本を読んでいる、メガネの女子。
図書委員の塩原 文子さん。
実家が古書店で、文学に造詣が深いことで知られているが、数学と理科は壊滅的らしい。
「あの……この空間、湿度が最適ですね。古書に優しい……」
彼女は大人しそうに見えるが、実はスクールアイドル部に所属しており、放課後はキラキラの衣装で歌って踊るという、とんでもないギャップの持ち主だ。体力だけなら野球部の赤城にも負けないという噂もある。
【補習メンバー(パーティ)】
• 古田 降太: 主人公。数学・理科担当。
• 綿貫 なのは: オカルト担当(理科0点)。
• 赤城 烈兎: 野球バカ(直感型)。体力と動体視力は抜群。
• 塩原 文子: 文学&アイドル(体力お化け)。煌めきを求めている。
このカオスなメンツで、地獄の合宿が始まる。
与市式・生存数学
「全員揃ったな。授業を始める」
与市先生が教壇に立ち、チョークを握りしめた。
バキッ!
チョークが粉砕される。
「いいか。お前らに足りないのは学力ではない。『生き残るための論理的思考』だ」
先生は黒板に、数式ではなく、巨大な「命」という文字を書いた。
「この地下空間は、現実と位相がズレている。いつ『あちら側』の怪異が紛れ込むか分からん。そこで必要なのが数学だ」
「は? 数学なんてピッチングの役に立たねーし」
赤城が鼻を鳴らす。
与市先生はニヤリと笑った。
「そうかな? 放物線、回転数、空気抵抗。全ては計算だ。……例えば」
先生は、教室の隅に浮かんでいた「人魂のような光」を指差した。
いつの間にか入り込んでいた下級霊だ。
「あの人魂の動き。不規則に見えるか? 赤城、お前の動体視力なら見えるはずだ」
赤城が目を細める。
「……いや。あいつ、カーブの軌道で動いてる。次は右下に落ちるな」
「正解だ。物理法則に従っている以上、予測可能だ!」
与市先生は、手に持っていた出席簿を赤城に投げた。
赤城はそれをキャッチするなり、流れるようなフォームで人魂に向かって投げ返した。
ズバンッ!!
出席簿が豪速球となって人魂を直撃し、霧散させた。
「す、すげぇ……ナイスピッチング!」
「塩原。お前なら、今の現象をどう見る?」
振られた塩原さんは、メガネをクイッと上げた。
「……儚いですね。まるで『銀河鉄道の夜』のジョバンニが見た燐光のよう。……でも、ステップを踏めば避けられそうです」
彼女はスクールアイドル特有の体幹の良さで、何もない空間で華麗なステップを踏んでみせた。
「うむ。お前たちはバカだが、ポテンシャルはある」
先生の目が怪しく光る。
「この合宿で、お前らを『数式と直感と体力で赤点を回避できる学生』に育て上げる。覚悟しろ」
「「「はい……」」」
こうして、数学教師による、狂気のスパルタ合宿が幕を開けた。
彼らにとって、この夏休みが一生忘れられないトラウマ……いや、思い出になることは確定したのだった。




