第37章:ファンキーな終業式と、地獄の夏休み開幕
伝説の終業式
7月20日。1学期の終業式。
蒸し暑い体育館に、全校生徒が集められていた。
誰もが汗を拭いながら、早く終わらないかと校長の話を待っている。
壇上に上がったのは、アロハシャツにサングラス、そして杖をついた加藤校長だ。
マイクのハウリング音と共に、ガラガラ声が響く。
「えー、諸君。……夏だ」
校長は一言、そう切り出した。
「長い話はせん。いいか、この夏休み、勉強のことは忘れろ」
体育館がざわついた。先生たちが慌てている。
校長は構わず続けた。
「とにかく遊べ。本気で遊べ。教室の机にかじりついていては、絶対に見えない景色がある。遊びからじゃないと得られないものが、人生にはあるんだ」
校長はサングラスの奥から、生徒一人一人を見渡すように顔を巡らせた。
「ただし、約束が二つある。一つ、友達は大事にしろ。一生の宝になるぞ。二つ、周りに迷惑をかけるな。粋じゃない遊び方はするなよ」
生徒たちが、真剣に聞き入っている。
この人の言葉には、不思議な説得力があるのだ。
「最後に。……宿題は、私の権限で極限まで少なくしてやった」
「うおおおおおおおおっ!!」
体育館が揺れるほどの大歓声が上がった。
ガッツポーズをする生徒、ハイタッチする生徒。
教頭先生が頭を抱えて崩れ落ちている。
「だからこそ、必ずやってくるように。……以上だ」
校長はニカっと笑い、サングラスをクイッとずらしてウインクした。
「じゃあ、俺は一足先にハワイへ行ってくる。アディオス!」
校長は杖を回しながら、颯爽と壇上を降りていった。
生徒たちの「校長最高ー!」「行ってらっしゃーい!」というコールが鳴り止まない。
俺は苦笑いしながら、その背中を見送った。
(ハワイって……どうせ裏世界の園芸部でサボる気だろ……)
しかし、この時の俺はまだ知らなかった。
校長の「宿題減量キャンペーン」の恩恵を受けられない生徒が、ここに一人いることを。
絶望の通知表
教室に戻り、ホームルーム。
担任の先生から通知表が配られた。
「はい、古田くん。……頑張りましょう」
渡された通知表には、数学と理科の欄に、鮮やかな**「1」**が輝いていた。
そして、その下には一枚のプリントが挟まれていた。
『夏期特別補習のお知らせ(担当:与市星一)』
※対象者は、夏休み中の登校を義務付ける。
「……話が違うじゃないですか」
俺の夏休み(バカンス)は、始まる前に終わった。
校長室の密談
放課後。俺はプリントを握りしめ、校長室へと殴り込んだ。
「おう、来たか少年。通知表はどうだった?」
革張りのソファで優雅にアイスコーヒーを飲んでいたのは、さっき「ハワイに行く」と宣言したばかりの校長だ。
「ハワイはどうしたんですか!」
「心のハワイ(裏世界)はいつでもここにある。それより、補習の件か?」
「そうですよ! なんで他校の先生が、うちの補習を担当するんですか! しかも与市先生って!」
俺はプリントをテーブルに叩きつけた。
「教育委員会とか、どうやって説得したんですか!?」
「ふっふっふ。少年、君はまだ社会の仕組みを知らんようだな」
校長はニヤリと笑った。
「教育委員会の古い知人(元・保護観察対象者)に電話一本入れた。『与市を寄越せ。さもなくば昔の恥ずかしい写真をバラ撒くぞ』とな」
「脅迫じゃないですか!!」
大人の事情と、隠された親心
「人聞きが悪いな。これは『生徒のため』だ」
校長は真顔になり、窓の外を見た。
校庭では、部活に励む生徒や、解放感に満ちた下校中の生徒たちの声が響いている。
「夏休みは、気が緩む。事故や事件、そして『悪いもの』に魅入られる生徒が増える時期だ」
校長の目が、サングラスの奥で優しく細められた。
それは、まるで自分の孫たちが遊んでいるのを見守るような、温かく、少し心配そうな眼差しだった。
「だからこそ、最強の番犬(与市)が必要なのだよ。あいつがいれば、学校の結界が緩んでも、生徒たちに指一本触れさせん」
校長は俺に向き直り、ニカっと笑った。
「それにだ。補習があれば、君のような『危なっかしい生徒』を学校の監視下に置いておけるだろう? 目の届く範囲にいれば、私が守ってやれるからな」
「……え?」
「ん? いや、補習の話だ。サボったら与市に言いつけて、地獄の特訓コースだからな。覚悟しておけ」
校長は照れ隠しのように、ストローで氷をカランと鳴らした。
俺は少しだけ毒気を抜かれた。
この強引な人事は、コア探しのためだけじゃない。
俺を含めた、この学校の生徒全員を「自分の孫」のように思い、危険な夏休みから守ろうとする、この人なりの不器用な愛情なのかもしれない。
(……まあ、脅迫はどうかと思うけど)
開幕、地獄の夏
「さて、話は済んだな。私はこれから裏世界の園芸部で避暑地作りだ」
校長は立ち上がり、伸びをした。
「少年よ。夏を制する者は世界を制すだ。死なない程度に頑張れよ」
「……へいへい。校長先生も、長生きしてくださいよ」
俺が憎まれ口を叩くと、校長は一瞬驚いた顔をして、それから今日一番の優しい笑顔を見せた。
「ああ。善処しよう」
俺は肩を落としつつも、少しだけ温かい気持ちで校長室を出た。
廊下の窓から見える入道雲が、これから始まる激動の夏を告げていた。
「とりあえず……園芸部に行って、櫻子先輩に愚痴ろう」
俺は足取りも軽く、旧校舎へと向かった。
しかし、俺はまだ知らなかった。
この夏休み、学校の怪談たちが、暑さでさらにパワーアップして俺たちを待ち受けていることを。




