第36章:赤点の嵐と、偏った英才教育
審判の日
期末テストの結果発表日。
教室は、歓喜の声と阿鼻叫喚の悲鳴に包まれていた。
「古田、お前どうだった?」
前の席の男子が聞いてくる。
俺は机の上に突っ伏したまま、無言で親指を下に向けた。
「……察したわ。ドンマイ」
配られた答案用紙を見る。
数学:12点
理科:18点
国語:35点
「終わった……」
予想通りだ。園芸部での「勉強合宿」は、ただのアフタヌーンティーとサバイバル講義だった。
因数分解も化学式も、頭の中から綺麗さっぱり消え失せている。
これは、夏休みは補習確定コースだ。
奇跡の記述回答
しかし、奇跡は起きていた。
いや、奇跡というよりは**「事故」**に近い。
英語:88点
「はあぁっ!?」
俺は自分の目を疑った。英語だけ、クラス上位レベルの高得点だ。
採点済みの答案を見る。
長文読解の問題。
テーマは『ハムレット』の一節だった。
問:ハムレットのこの台詞に込められた感情を答えよ。
俺の回答:
『生きるべきか死ぬべきか、それは問題ではない。重要なのは、その苦悩すらも美しく演じ、世界という舞台を呪い尽くす覚悟があるかどうかだ。……と、櫻子先輩なら言うと思います』
先生のコメント(赤ペン):
『素晴らしい解釈です。原文の持つ鬱屈とした情念を見事に捉えています。文法も完璧(古風ですが)。花丸!』
「……先輩の『呪いの解釈』が、ハマった」
園芸部で櫻子先輩が延々と語っていた、シェイクスピアのネガティブな解釈論。あれをそのまま書いたら、なぜか絶賛されていた。
そして、もう一つ。
社会(地理):65点
これも平均点以上だ。
問題を見る。
問:アマゾン川流域の環境について述べよ。
俺の回答:
『高温多湿で呼吸困難になるレベル。ピラニアよりもカンディルというナマズに注意が必要。現地部族と遭遇した際は、まずマチェットを地面に突き刺して友好を示し、決して背中を見せてはならない』
先生のコメント(赤ペン):
『教科書には載っていない現地の実情ですね。非常に具体的で興味深いです。ただし、マチェットの件はテストに関係ないので減点します』
「……加藤先生のサバイバル知識が、部分点を稼いでる」
俺は震えた。
園芸部でのあの時間は、無駄じゃなかった。
方向性は著しく間違っているが、確かに俺の学力(?)になっていたのだ。
数学教師の呼び出し
「古田。ちょっと来い」
放課後、教室の入り口に、巨大な人影が現れた。
漆黒のダブルスーツ……じゃなくて、ジャージ姿の与市星一先生だ。
この学校では数学を担当している。
「ひっ、はい!」
俺は数学の答案(12点)を隠しながら、廊下に出た。
「……この点数はなんだ」
与市先生は、隠していたはずの答案をスッと抜き取った。
指が太すぎて、答案用紙が破けそうだ。
「す、すみません! 因数分解が、どうしても……」
「因数分解など、人生の分解に比べれば児戯に等しい」
先生は謎のハードボイルド発言をして、ため息をついた。
「英語と社会の偏りを見るに、お前、**『変な家庭教師』**がついているな?」
「ギクッ」
鋭い。さすが「視える」人だ。
「まあいい。だが数学は論理だ。この点数では、パラレルワールドの座標計算など夢のまた夢だぞ」
与市先生は、懐から一枚の紙を取り出した。
『夏期特別補習のお知らせ』
「えっ……」
「夏休み、俺がみっちり教えてやる。逃げられると思うなよ」
先生の顔が、ニヤリと歪んだ。
その笑顔は、教育者というよりは、これから新人を「シゴく」組長のそれだった。
園芸部での反省会
その日の夕方。
俺は園芸部で、テスト結果を報告した。
「あら、英語すごいじゃない! 私の教え子が優秀で鼻が高いわ」
櫻子先輩は、88点の答案を見てご満悦だ。
「社会も悪くないぞ。マチェットの件で減点とは、ここの社会教師は現場を知らんらしいな」
加藤先生(25歳)も、アイスをかじりながら満足げだ。
「二人とも、数学と理科を見てくださいよ! ボロボロですよ!」
俺が12点の答案を叩きつけると、二人はスッと目を逸らした。
「……ま、まあ、人間には向き不向きがあるわよ」
「そうだぞ少年。全てを完璧にこなす必要はない。欠点があるからこそ、人は愛されるんだ」
「いいこと言った風に誤魔化さないでください! おかげで夏休みは与市先生の補習ですよ!」
「ブフッ!」
加藤先生がアイスを吹き出した。
「与市の補習か! それは……ご愁傷様だな。あいつの授業は、スパルタ通り越して『拷問』に近いぞ」
「えぇ……」
俺は絶望した。
コア探しもしなきゃいけないのに、夏休みは数学地獄。
前途多難な夏が、始まろうとしていた。




