第35章:数学者の戦慄と、禁断の隠し部屋
特異点への階段
放課後。俺は新戦力・与市星一先生を案内して、旧校舎の裏へと向かっていた。
「ここか……」
与市先生は、地下へと続くコンクリートの階段を見下ろし、眉間の皺を深くした。
「おいおい、冗談だろう。空間座標が滅茶苦茶だ。まるでエッシャーの絵画に飛び込むようなもんだぞ」
「ええ、まあ。慣れれば平気ですよ」
俺が先導して階段を降りる。
与市先生は、ブツブツと数式を呟きながらついてくる。
「重力定数の局所的変動……位相幾何学的な結び目……。美しいが、物理法則への冒涜だ」
数学者としての知的好奇心と、常識人としての恐怖がせめぎ合っているようだ。
地下での邂逅
地下の広間に到着すると、いつものように櫻子先輩と加藤先生(25歳)が待っていた。
「よう来たな、与市!」
加藤先生が手を挙げる。
与市先生は、サングラスの強面を一瞬だけ緩め、呆れたように笑った。
「オヤジ(先生)……。話には聞いていたが、本当に若返ってるな。現役バリバリの頃の肉体じゃないか」
「おうよ。これなら、お前の鉄拳制裁もまたできるぞ」
「勘弁してください。今のあんたに殴られたら、首が飛びますよ」
強面の男二人が、ニヤリと笑い合う。
櫻子先輩が紅茶を出しながら、興味深そうに見ている。
「あら、素敵なお客様ね。数学の先生なんでしょう?」
「ああ。与市だ。……あんたが『忘れじの魔女』か。なるほど、この空間の特異点そのものだな」
与市先生は挨拶もそこそこに、リュックからノートPCと測定器を取り出した。
「早速だが、仕事にかかる。この空間の『歪み』を解析して、隠された『コア』の場所を特定する」
隠された座標
与市先生の解析は凄まじかった。
空間にレーザーポインターを飛ばし、反響音を拾い、PCで複雑なグラフを描き出していく。
「……見つけたぞ」
数十分後、与市先生がカッと目を見開いた。
「この広間の空間座標には、意図的に『折り畳まれた』領域が存在する。肉眼では見えないが、数学的には確実にそこに『部屋』がある!」
「部屋!?」
俺たちは色めき立った。
第30章で加藤先生が言っていた「コアはこの地下広間のどこかにあるはずだ」という勘は、正しかったのかもしれない!
「場所はどこだ、与市!」
「あそこだ。あの壁の向こう側。……空間の綻びを一点突破すれば、入り口が開くはずだ」
与市先生が指差したのは、広間の隅にある何もないコンクリートの壁だった。
突入! 秘密の空間
「よし、俺がこじ開ける!」
加藤先生(25歳)がマチェットを抜いた。
俺もムチを構える。
櫻子先輩が固唾を呑んで見守る。
「いくぞ! せぇのっ!」
ドゴォッ!!
加藤先生の渾身の蹴りと、俺のムチの一撃が、空間の「継ぎ目」に炸裂した。
ズズズッ……!
空間が歪み、壁が蜃気楼のように揺らぐ。
そして、隠されていた「扉」が実体化した。
「開いた……!」
「ここだ……この奥に、世界の命運を握る『コア』が……!」
俺たちは緊張に震えながら、その扉をゆっくりと開けた。
ギギギギ……。
中から漏れ出してきたのは、古びた紙の匂いと、お菓子の甘い香りだった。
「行くぞ!」
俺たちは部屋に飛び込んだ。
衝撃の正体
そこは、六畳ほどの小さな部屋だった。
壁一面に本棚があり、床には畳が敷かれている。
そして、そこに鎮座していたのは――。
• 大量の少年漫画雑誌(最新号まで完備)
• 山積みのスナック菓子とカップラーメン
• 高級そうな釣り具のコレクション
• ふかふかの昼寝用クッション
• 壁に貼られた「人生、楽しまなきゃ損」という書き初め
「…………は?」
俺は絶句した。
これは、コアの安置所ではない。
どう見ても、おっさんの趣味部屋だ。
「な、なんだこれは……」
与市先生が、床に落ちていた『週刊少年〇〇』を拾い上げて震えている。
その時、背後で加藤先生が「あ」と声を上げた。
「……しまった。そこ、俺の『隠れ家』だ」
「はぁぁぁぁ!!??」
俺と櫻子先輩、そして与市先生の三人が、同時に叫んだ。
「だ、だって仕方ないだろう! 現実の校長室じゃ、漫画も読めんし昼寝もできん! 誰にも邪魔されないプライベート空間が欲しかったんだよ!」
加藤先生(中身は校長)が、子供のように言い訳をする。
パラレルワールドの創造主(の一人)である先生の「想い」が強すぎて、無意識のうちに「究極のサボり部屋」を具現化してしまっていたのだ。
「オヤジ……あんたって人は……」
与市先生が、深々とため息をついた。
数学的に導き出された「隠された座標」の正体は、世界の秘密でもなんでもなく、ただの「校長のサボり場」だった。
「……解散」
櫻子先輩が、冷ややかな声で言った。
「コアはここにはないわ。……加藤先生。あとで、この部屋の漫画、全部没収しますからね」
「そ、そんなぁ……!」
こうして、与市先生の華麗なる解析デビュー戦は、校長のプライベートを暴くという、誰得な結果に終わったのだった。




