第34章:校長室の強面客と、数式の極道
特別な呼び出し
期末テストの最終日。
最後の科目を終え、魂の抜けた顔でホームルームを受けていた俺に、校内放送が直撃した。
『ピンポンパンポーン。えー、1年B組、古田降太くん。至急、校長室まで来なさい。繰り返します――』
教室がざわつく。
「古田、何したんだ?」「校長直々の呼び出しかよ」「退学?」
クラスメイトの視線が痛い。
なのはさんが「私が弁護人として付いていこうか?」と身を乗り出してきたが、丁重にお断りして、俺は重い足取りで校長室へと向かった。
(……なんだろう。昨日の園芸部でのサボりがバレたか? それともコア探しの作戦会議か?)
校長室の重厚な扉の前に立つ。
中からは、低い男の声と、校長の笑い声が聞こえる。客がいるようだ。
「失礼します。1年B組、古田です」
ノックをして扉を開ける。
そこには、予想外の光景が広がっていた。
龍と虎
「おう、来たか少年。入れ」
革張りのソファには、いつものアロハシャツにサングラス姿の加藤校長が座っている。
そして、その対面に座っていたのは、その筋の人にしか見えない男だった。
身長190センチ近い巨体。
漆黒のダブルスーツに、派手な紫のネクタイ。
短く刈り込んだ髪に、眉間の深い皺。
そして、左の頬には古傷のようなものが走っている。
「……ひっ」
俺は思わず後ずさった。
校長室が、一瞬にして組事務所に見えた。
「紹介しよう。私の古い友人で、元・保護観察対象者の与市 星一だ」
校長がニカっと笑って紹介した。
その男、与市さんは、ゆっくりとこちらを振り返った。
眼光が鋭すぎる。まるで獲物を値踏みするような目だ。
「……初めまして。与市です」
ドスの効いた低音ボイス。
俺は直立不動になった。
「は、初めまして! 古田降太です! 命だけは!」
「……ふん」
与市さんは鼻を鳴らし、懐から何かを取り出した。
チャカ(拳銃)か!?
俺が身構えると、彼が出したのは名刺入れだった。
「これ、私の名刺です」
差し出された名刺には、意外な肩書きが書かれていた。
『私立〇〇高校 数学教諭 与市 星一』
「……え? 先生?」
「いかにも。隣町の高校で数学を教えています」
「す、数学!?」
この見た目で?
「指詰め」とかじゃなくて「因数分解」を教えているのか?
恩師と教え子
「驚いたか? こいつは昔、少々ヤンチャをしていてな。私が担当した中で、一番手のかかるワルだったんだ」
校長が懐かしそうに目を細める。
「ですが先生。あの時の補導と、先生の鉄拳制裁がなければ、私は今頃コンクリートの下でしたよ」
与市さんは、校長に対してだけは、絶対的な服従と敬意を示しているようだった。
どうやら、この二人の間には、血よりも濃い「更生」の絆があるらしい。
「で、今日は何のご用で?」
俺が恐る恐る尋ねると、校長はサングラスを外した。
「単刀直入に言おう。『コア探し』の助っ人だ」
校長は真剣な顔になった。
「我々だけでは、戦力が足りん。特に『理論』と『物理』の両面でな。そこで、信頼できる人間に声をかけた」
「あの……事情は?」
「話してある。パラレルワールドのこと、櫻子のこと、そしてニャルラトホテプのこともな」
俺は驚いて与市さんを見た。
そんな荒唐無稽な話を、この数学教師は信じたのか?
微分された違和感
与市さんは、スッと立ち上がり、俺に近づいてきた。
威圧感がすごい。
「古田くん、と言ったな」
「は、はい」
「君、『視えて』いるね?」
「え?」
与市さんは、俺の背後の空間を、じっと睨みつけていた。
「この部屋に入ってきた時から、君の周囲の座標軸が歪んでいる。特に背中……そこには、重力異常のような『重い念』が張り付いている」
彼は俺の手首の「魂の迷子紐」を指差した。
「そしてその紐。位相幾何学的に見て、あちら側とこちら側を繋ぐ特異点になっている」
「と、トポロジー……?」
「俺にも多少、『視える』素質があってね。君ほど鮮明ではないが、世界のバグ(歪み)を数式のエラーとして感知できるんだ」
与市さんは、ニヤリと笑った。その顔はヤクザそのものだったが、目は理知的な光を放っていた。
「面白い。パラレルワールドの存在証明。数学者として、そしてかつての悪ガキとして、血が騒ぐ案件だ」
新たな戦力
「というわけだ。こいつは腕っ節も強いし、頭も切れる。何より、口が堅い」
校長が太鼓判を押す。
「与市。この少年と櫻子を、頼めるか?」
「承知しました、オヤジ(校長)。……古田くん、微力ながら数式と暴力でサポートさせてもらう」
与市さんは、俺に巨大な手を差し出した。
俺はその手を握り返した。ゴツゴツとしていて、分厚い手だった。
「よろしくお願いします、与市先生!」
「うむ。まずは君のその『非効率な動き』から修正が必要だな。放課後、俺が補習をしてやる」
「えっ、補習?」
「数学ではない。『生存確率を上げるための護身術』だ」
こうして、俺たちのチームに、最強の用心棒(兼 数学教師)が加わった。
見た目はヤクザ、頭脳は数学者、霊感少々。
心強いが、なんとなく胃が痛くなる予感がした。




