表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
32/49

第33章:精神と時の園芸部と、進まない期末テスト


逃避先は異世界


6月も半ばを過ぎ、現実世界では嫌なイベントが迫っていた。

期末テストだ。

「やばい。全然範囲終わってない……」

放課後の教室。俺は教科書の山を前に頭を抱えていた。

七不思議だの、コア探しだの、中華飯店のキティ先輩だのにかまけていて、学生の本分を完全におろそかにしていた。

家ではテレビの誘惑があるし、図書室は満席。

どこか、静かで、時間がたっぷりと使える場所はないものか……。





「……あるじゃん」

俺はひらめいた。

旧校舎の裏。あちら側の世界。

園芸部だ。

あそこなら、基本的に櫻子先輩しかいないし、静かだ。それに、なんとなく体感時間が長い気がする。

「よし、あそこで集中合宿だ!」

俺は参考書とノートをリュックに詰め込み、旧校舎の裏へと走った。

意図的にワープするのは少しコツがいるが、テストへの恐怖心(単位を落とす=死)をトリガーに、俺は裏世界へとダイブした。


発見! 魔法の空間


目を開けると、いつもの園芸部だった。

窓の外は、永遠に続くような穏やかな夕暮れ。

「あら、いらっしゃい。今日は荷物が多いわね」

櫻子先輩が、じょうろを片手に迎えてくれた。

テラスでは、加藤先生(25歳バージョン)が筋トレをしている。

「先輩、場所借ります! 今日はガチで勉強しに来たんで!」

俺はテーブルの端を陣取り、参考書を広げた。

ふと、壁にかかっている古時計を見る。

俺がここに来てから、体感で30分くらい準備をしていたつもりだったが、針は5分しか進んでいない。

「……あれ?」

俺は腕時計と見比べた。やはり、進みが遅い。

現実世界の時計よりも、こっちの時間は明らかにゆっくり流れている。

「すごい……! ここ、時間の流れが遅いんだ!」

俺は興奮して立ち上がった。

「これって漫画で言う『精神と時の部屋』じゃないですか! 1時間勉強しても、現実じゃ数分しか経ってないってことですよね!?」

「あら、気づいたの?」

先輩は優雅に微笑んだ。

「ええ。ここは想いの強さで構成された世界だもの。時間の密度も、現実とは違うわ」

「勝った! これでテスト範囲なんて余裕で終わる!」

俺は勝利を確信し、シャーペンを握りしめた。

しかし、俺は忘れていた。

この部屋には、勉強よりも強力な誘惑(妨害)が存在することを。

第一次妨害:魔女のティータイム

「よし、まずは数学の因数分解……」

カリカリカリ……。

静寂の中、シャーペンの音だけが響く。集中できている。いいぞ。

コトッ。

目の前に、湯気の立つティーカップが置かれた。

「どうぞ。勉強のお供に、特製のハーブティーよ」

「あ、ありがとうございます。いただきます」

一口飲む。美味い。

そして、目の前に三段重ねのケーキスタンドが置かれた。

スコーン、サンドイッチ、マカロン。本格的なアフタヌーンティーセットだ。

「……先輩? これは?」

「糖分補給は大事でしょう? さあ、召し上がれ」

先輩が、ニコニコしながらマカロンを俺の口元に突きつけてくる。

「いや、ありがたいんですけど、手が汚れると……むぐっ」

「美味しい?」

「……おいひいです」

「よかった! じゃあ次はスコーンね。ジャムとクロテッドクリーム、どっちがいい?」

「いや、あの、因数分解が……」

「あら、数字なんていつでも見れるわ。でも、焼きたてのスコーンは今しか味わえないのよ?」

先輩の理屈は無茶苦茶だったが、その笑顔とスコーンの香りに抗える中学生男子はいなかった。

気づけば30分(現実時間換算で数分)、俺は優雅なお茶会を楽しんでいた。


第二次妨害:冒険家の地理講義


「ふぅ……美味しかった。よし、次こそ社会だ」

俺は地理の教科書を開いた。

範囲は「世界の気候区分」。

「ほう、地理か。懐かしいな」

背後から、汗を拭きながら加藤先生が覗き込んできた。

「先生、邪魔しないでくださいよ。ここ、テストに出るんです」

「アマゾン川流域の熱帯雨林気候か。……ふっ、甘いな」

先生は教科書の写真を指差して鼻で笑った。

「教科書には『高温多湿』としか書いてないがな、実際の現場はそんな生易しいもんじゃないぞ。俺が行った時は、湿度120%で呼吸するたびに肺が溺れるかと思った」

「えっ、そうなんですか?」

「ああ。それに、ここの川にはピラニアだけじゃない、巨大なカンディルという魚がいてな……」

先生の目が冒険家のそれになった。

「いいか少年。テストに出るのは『記号』かもしれないが、本当に大事なのは『生存知識』だ。俺がアマゾンの奥地で遭遇した、部族との命がけの交渉術を教えてやろう」

「へぇー! すごい!」

「まず、挨拶代わりにマチェットを地面に突き刺すんだ。これが友好の証だ」

「物騒すぎません!?」

いつの間にか、俺はペンを置き、先生の壮大な冒険譚に聞き入っていた。

面白い。教科書の百倍面白い。

だが、テストには一問も出ない知識ばかりが増えていく。


終わらない放課後


「……はっ! いけない! もうこんな時間……あれ?」

時計を見る。

体感では3時間くらい経った気がするが、針はまだ30分しか進んでいない。

「……進まない」

時間が、遅すぎる。

なぜか3人が揃ったこの空間は、かつてないほど時間の流れが淀んでいるように感じた。

「まだ時間はたっぷりあるわよ、ふるふる君。次は英語ね? 私が発音を見てあげるわ」

「俺は体育サバイバルを教えてやろう。廊下で匍匐前進の練習だ」

二人が、目を輝かせて俺に迫ってくる。

逃げ場はない。

「ち、違います! 俺がやりたいのは、自習なんですーっ!!」

俺の悲鳴が、遅延した時間の中に吸い込まれていく。

結局、俺はその後、体感で半日近く、二人に構い倒された。

櫻子先輩による「シェイクスピアの呪いの解釈(英語)」と、加藤先生による「アマゾン式護身術(体育)」だけは完璧になったが、肝心の数学と理科は白紙のままだった。

「……もう、帰ります」

俺はゲッソリして立ち上がった。

脳みそがパンクしそうだ。

「あら、もう? まだまだ時間はあったのに」

「残念だ。次は『極寒の地での火起こし』を教えるつもりだったんだが」

二人は名残惜しそうに手を振った。

「へっ、くちゅん!!」

現実世界。

旧校舎の裏庭に戻った俺は、夕焼け空を見上げた。

「……まだ、5時かよ」

時計を見ると、あっちに行ってから現実では1時間しか経っていなかった。

だが、俺の疲労感は、徹夜明けのように重い。

「密度が……濃すぎる……」

俺は重たいリュックと、無駄に増えたサバイバル知識を抱え、フラフラと家路についた。

園芸部は確かに「精神と時の部屋」だった。

ただし、精神がゴリゴリに削られるという意味で。

今回のテストは、諦めた方がいいかもしれない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ