第31章:忙しない漂流者と、球根の選別
1回目:朝の洗礼
週が明けて、月曜日。
校長の正体を知ってしまった衝撃から二日が経ち、俺は登校早々、世界の悪意を感じていた。
「よし、今日も一日……」
下駄箱を開けた瞬間だった。
中の上履きが、バネ仕掛けのように飛び出してきて、俺の顔面にクリーンヒットした。
「ぶべらっ!」
あまりの衝撃と理不尽さに、脳が「危機」と誤認する。
視界が反転する感覚。
「……痛っ」
目を開けると、そこは薄暗い園芸部だった。
目の前には、エプロン姿で優雅に紅茶を飲んでいる西野園櫻子先輩。
「あら、おはよう。早いのね」
「……おはようございます。上履きに襲われまして」
俺は額をさすりながら起き上がった。
どうやら、七つのアーティファクトという「世界のバグ」をいじり回した反動で、ワープの感度がガバガバになっているらしい。
「へっ、くちゅん!」
俺はすぐにくしゃみをして、現実へ戻った。
2回目:スナイパーの急襲
2時間目の数学。
俺が昨夜の「コア探し」の疲れでウトウトしていると、先生の怒声が飛んできた。
「古田! 寝るな!」
ヒュンッ!
先生が投げたチョークが、物理法則を無視したカーブを描き、俺の眉間を正確に撃ち抜いた。
「ぐはっ!」
衝撃。暗転。
「……うぅ」
気づけば、また園芸部の床だった。
櫻子先輩は、球根の入った木箱を運んでいる途中だった。
「あら。また来たの?」
「……チョークが、凶器でした」
「ふふ。出入りが激しいわね」
俺は鼻をムズムズさせて、再び現実へ戻った。
3回目:白い噴水
給食の時間。
今日のメニューはカレーライス。俺はパックの牛乳にストローを刺した。
その瞬間。
ブシャァァァァッ!!
牛乳が、間欠泉のように逆流し、俺の顔面を直撃した。
鼻の穴に牛乳が入る激痛と溺れる感覚。
「ごぼぼっ!?」
死ぬ。これは死ぬ。
脳が緊急回避を発動させる。
「……ぜぇ、ぜぇ!」
気がつくと、俺は園芸部のテーブルに突っ伏していた。顔中が牛乳臭い。
櫻子先輩は、テーブルの向かいで、仕分けした球根をリストに書き込んでいた。
俺を見て、ペンを止め、優雅に微笑んだ。
「あらあら、ふるふる君。今日は、忙しいわね」
「……先輩。もう、帰りたくないです」
俺は泣き言を言った。
現実世界が、俺に対して厳しすぎる。
避難所でのアルバイト
結局、俺はそのまま放課後まで園芸部に居座ることにした。
現実に戻っても、次は黒板消しが落ちてくるか、トイレが爆発する未来しか見えない。
「仕方ないわね。居候するなら、働いてもらうわよ」
先輩は、濡れた俺の顔をタオルで拭いてくれながら、軍手を投げてよこした。
「へい。なんでもします」
今日の作業は、回収した「悪意」が浄化されてできた「魂の球根」の選別だった。
先輩の手つきは優しい。まるで宝石を扱うように、一つ一つの球根を撫で、仕分けていく。
「見て。この白くてツヤツヤしているのが、浄化完了のサイン。これを植えれば、綺麗な花が咲くわ」
俺も見よう見まねで手伝う。
土の匂い。球根の硬い感触。
単純作業を繰り返していると、今日一日の理不尽な不運が、指先から土へと逃げていくような気がした。
「おーい、精が出るな少年!」
テラスの方から声がした。
見ると、25歳の姿の加藤先生(裏バージョン)が、ハンモックで揺れながらアイスを食べている。
「先生! 現実では校長として偉そうなこと言ってたのに、こっちではサボりですか!」
俺が文句を言うと、先生はニカっと笑った。
「人聞きの悪い。これは『英気を養う』と言うんだ。あっちの肉体は腰痛持ちでな、こっちでリハビリ中だ」
先生は、校長としての威厳ゼロでリラックスしている。
でも、この人があの全校集会でウインクしてきた「共犯者」だと思うと、なんだか心強かった。
「少年。不運ごときで凹むなよ。運なんてのは波乗りだ。悪い波が来たら、こうやって潜って(ワープして)やり過ごせばいい」
「潜りすぎて、溺れそうですけどね」
俺たちの軽口を聞きながら、櫻子先輩が楽しそうに笑う。
その笑顔を見ていると、今日の不運なんてどうでもよくなってきた。
「はい、お疲れ様。休憩にしましょう」
先輩が、冷たい麦茶を出してくれた。
俺は、この穏やかな時間が、ずっと続けばいいと思った。
不運でも、厄日でも、逃げ込める場所がある。待っていてくれる「先輩」がいる。
そう思った瞬間。
ビチャッ!
天井から水滴が落ちてきて、俺の頭を直撃した。
「……雨漏り?」
「あら。そこだけピンポイントで? やっぱり憑いてるわね、ふるふる君」
先輩と先生の笑い声が、園芸部に響いた。
俺の不運はまだ続きそうだが、ここならまあ、笑い話で済みそうだ。




