第30章:朝霧の消失と、校長室の秘密
地下のお茶会、終了
地下の広間。
俺たちは紅茶を飲み干し、一息ついた。
目の前には、空回りした冒険の成果である七つのアーティファクトと、それを守る地縛霊の櫻子先輩、そして25歳の姿をした加藤先生がいる。
「さて。状況は整理できたな」
加藤先生が、空になったカップを置いて立ち上がった。
「我々の目的は、櫻子の蘇生ではない。彼女がこの先も『地縛霊の先輩』として君の隣にいられるよう、君が卒業しても会える未来を作ること。そのための『8番目のアーティファクト:コア』を探す」
「はい。簡単には見つからないでしょうけど……やるしかないですね」
俺が答えると、先生は満足そうに頷いた。
「うむ。私の勘では、コアはこの地下広間のどこかにあるはずだ。長期戦になるかもしれんが、根気よく探そう」
先生は懐から、古びた銀の懐中時計を取り出した。
その針を見て、先生の顔色がサッと変わる。
「おっと、いかん! もうこんな時間か!」
「どうしたんですか?」
「現実で全校集会があるんだよ。遅刻したら教頭にドヤされる」
「えっ? 先生、この学校の職員なんですか?」
俺はてっきり、先生はパラレルワールド専門の住人か、ずっとここに住み着いている幽霊のような存在だと思っていた。現実にも仕事があるのか。
10秒の魔法
「ふん。少年、大人の世界は忙しいのだよ」
先生はニヤリと笑い、人差し指を立てた。
「いいか、よく見ておけ。これが、二つの世界を渡り歩く大人の切り替えスイッチだ」
先生は背筋を伸ばし、深く息を吸い込んだ。
「目を閉じて、10秒数える。 ……それだけだ」
「え?」
先生は、本当にただ目を閉じただけだった。
まるで、立ったまま居眠りを始めたかのように静止する。
1秒、2秒、3秒……。
地下の静寂に、水滴の落ちる音だけが響く。
櫻子先輩は、慣れた様子で紅茶の片付けをしている。
8秒、9秒。
そして、10秒。
先生がカッと目を見開いた……と、思った瞬間。
フッ。
加藤先生の25歳の肉体が、まるで蜃気楼のように揺らぎ、次の瞬間、跡形もなく掻き消えた。
光になるわけでも、煙になるわけでもない。ただ、最初からそこにいなかったかのように、存在のスイッチが切れたのだ。
「ええっ!? き、消えた!?」
俺が叫ぶと、先輩はクスクスと笑った。
「行ったわね。あっちの肉体が目覚めたのよ。さあ、ふるふる君。あなたも帰りなさい。ここ(地下)はまだ不安定だから、見晴らしの良い場所へ送るわ」
先輩は、花瓶に生けられた青い紫陽花を一輪抜き取り、俺の鼻先に突きつけた。
「へっ、くちゅん!!」
視界が白く反転する。
俺の意識は、地下の広間から強制排出された。
屋上の朝焼け
「……ハッ!」
ガバッと起き上がると、視界いっぱいに青空が広がっていた。
心地よい風が吹き抜ける。
「ここは……屋上?」
俺は、校舎の屋上の真ん中で大の字になって寝ていたらしい。
フェンスの向こうには、朝日に照らされた街並みが見える。
「……戻ったんだ」
昨夜からずっとここで気絶していたのか? いや、時間は……。
腕時計を見ると、針は8時25分を指していた。
「うわっ、やばい! 全校集会!」
俺は慌てて飛び起きた。制服は少し湿っているが、泥だらけではない。屋上のコンクリートの上だったのが幸いしたようだ。
俺は手すりを飛び越える勢いで屋上のドアを開け、階段を駆け下りた。
* * *
体育館。
全校生徒が整列し、少し気だるげな空気が漂っている。
俺は息を切らしながら、列の最後尾に滑り込んだ。なのはさんが「古田くん、セーフ!」と親指を立ててくれた。
「えー、では最後に、校長先生のお話です」
司会の先生のアナウンスで、壇上に一人の老人が上がった。
白髪頭に、派手なアロハシャツの上にジャケットを羽織り、杖をつき、そして目には真っ黒なサングラス。
この学校の名物、加藤校長だ。
噂では、1年前に突然赴任してきた、元・伝説の保護観察官らしい。ファンキーすぎて生徒には人気だが、何を考えているのかよく分からないおじいちゃんだ。
俺は、まだ整わない呼吸を必死に抑えながら、壇上を見上げた。
校長先生はマイクを握り、ガラガラ声で話し始めた。
「えー、諸君。……人生というのは、冒険だ」
ドキッとした。
そのフレーズ。その抑揚。
「冒険において最も大切なことは、宝を見つけることではない。『徒労』という名の勲章を、笑って受け入れることだ」
「……っ!」
俺は息を呑んだ。
その言葉は、さっき地下の広間で25歳の加藤先生が言った言葉と、一言一句同じだった。
まさか。嘘だろ。
あんな筋肉隆々の冒険家と、このヨボヨボのファンキーじいちゃんが?
俺は、食い入るように校長を見つめた。
すると。
校長先生は、まるで俺の視線に気づいたかのように、顔をこちらに向けた。
そして、サングラスのブリッジに指をかけ、クイッと少しだけ下にずらした。
サングラスの奥から覗いた瞳。
シワだらけの目元だったが、その瞳の奥には、あの地下で見た冒険家と同じ、少年のようないたずらっぽい光が宿っていた。
校長は、ニカっと白い歯を見せて笑い、音のない口パクでこう言った。
(よ う、少 年)
「えええええええーーーっ!!??」
静かな体育館に、俺の絶叫が響き渡った。
全校生徒と先生たちが、一斉に俺を振り返る。
「こ、古田!? いきなりどうした!」
「あいつ、とうとう狂ったか?」
ざわめく体育館。
壇上の校長先生は、何食わぬ顔でサングラスを戻し、「以上だ」と言って杖をつきながら去っていった。
俺は、理解した。
あの頼れる冒険家・加藤先生の正体は、この学校の最高権力者、加藤起太郎校長その人だったのだ。
「……マジかよ」
俺はへなへなとその場に座り込んだ。
味方が強すぎるのか、それとも弱すぎるのか(肉体的に)。
とにかく、俺たちの「空回り」な戦いは、とんでもない古狸に支えられていたらしい。




