第29章:魔女の昔話と、消された先客たち
日付設定間違えてた…
ちょっと連投しときますね。
地下への扉:静寂の階段
6月13日、金曜日。夜。
七つのアーティファクトを背負った俺は、初めて足を踏み入れる旧校舎の地下への階段を、慎重に降りていた。
ムチを構え、いつ何が襲ってきてもいいように身構える。これまでの七不思議のように、悪意の幻影や物理的な攻撃があると思っていたからだ。
だが、拍子抜けするほど何も起きない。
あるのは、ひんやりとした湿気と、古いコンクリートの匂いだけ。
深く、暗い階段。自分の足音だけが響く静寂が、逆に不気味だった。
降りるにつれて、胸の奥がざわつく。
壁のシミが、人の顔に見える気がする。泣いている少女と、立ち尽くす男。
それは、これから会う二人の「始まりの記憶」が、この場所そのものに染み付いているからだろうか。
拍子抜けの「偉業達成」
階段を降りきると、そこは青い紫陽花が咲き乱れる広大なドーム空間だった。
中央にはテーブルセットが置かれ、いつも通りの西野園櫻子先輩が優雅に紅茶を淹れている。その横で、いつものの加藤先生が、キャンプ用の椅子で寛いでいた。
「ようこそ、ふるふる君。お待ちしていたわ」
先輩は、いつもの調子で微笑んだ。
俺は、身構えていた肩の力を抜き、重たいリュック(七つの凶悪な呪物入り)をドサリと床に下ろした。
「先輩……ここが、8番目の不思議の場所ですか? 七不思議、全部集めてきましたけど……」
俺はあたりを見回した。魔王の城のような場所を想像していたが、そこは秘密基地のような、妙に落ち着く空間だった。
これだけの苦労をしたのだ。天変地異くらい起きないと割に合わない気もする。
しかし、先輩はきょとんとして、それからふふっと笑った。
「あらあら。ご苦労様」
先輩は俺に歩み寄り、子供をあやすように頭をポンポンと撫でた。
「よく集めたわね。偉い偉い」
「……えっ、それだけ?」
「ええ、それだけ。七つの鍵は、私がここから出ないようにするための『重石』みたいなものだもの。集めてくれてありがとう。これで枕を高くして眠れるわ」
加藤先生が横から口を挟んだ。
「ハッハッハ! 期待外れだったか少年。だが、冒険とは得てしてそういうものだ。ゴールにあるのは財宝ではなく、『徒労』という名の勲章さ」
先生はニカっと笑ったが、その笑顔はどこか寂しげだった。
魔女の昔話
「さて。せっかく来てくれたんだもの。お茶にしましょう」
俺たちは紫陽花に囲まれて、紅茶を飲んだ。
そこで、先輩は静かに、自身の過去を語り始めた。
「私はね、八番目の不思議『忘れじの魔女』。でも、その正体はただの13歳の中学生よ」
先輩の語る過去は、あまりに呆気ないものだった。
49年前。学校に馴染めず、孤独だった少女。
下校途中、交差点で信号無視のトラックが突っ込んできたこと。
痛みを感じる暇もなく、体が宙を舞い、気づけばこの旧校舎の裏に立っていたこと。
「私の死体はね、数十メートルも飛ばされて、この旧校舎の壁に叩きつけられたの。だから、私はここから動けない地縛霊になった」
「そして……私が、それを見ていた」
加藤先生が、カップを見つめながら呟いた。
「当時、私は新任の教師だった。交差点の向こうで、櫻子が跳ねられるのを……ただ、見ていた。足がすくんで、声も出せず、指一本動かせなかった」
先生の手が震えている。
「その強烈な後悔が、私の執念に火をつけた。『あちら側』へ行ってでも彼女を救いたい。その想いが、このパラレルワールドへの扉をこじ開けたんだ」
先生は拳を握りしめた。その言葉には、長年の重みがあった。
消された先客たち
重い空気を払うように、俺は気になっていたことを尋ねた。
「あの……俺みたいに、ここまで辿り着いた生徒って、過去にいたんですか?」
櫻子先輩は、カップを置いてニッコリと笑った。
「ええ、いたわよ。49年の間に、3人ほどね」
「3人も!? その人たちはどうなったんですか?」
「『卒業』していったわ」
先輩は悪戯っぽく指を立てた。
「ここ(核心)に触れた生徒はね、私を管理している『偉い人』に会って、ここでの記憶を綺麗さっぱり消されるの」
「き、記憶消去……!?」
「でもね、ただ消すだけじゃ可哀想だからって、お土産をもらえるのよ」
先輩は声を潜め、秘密のメモを読み上げるように言った。
「記憶を消される代わりに、脳の処理能力が最適化されて、IQが劇的に向上するの。天才になれるのよ」
秘密メモ:賢者の末路
【秘密メモ:過去の到達者たちの末路】
• 1人目(昭和50年度 生徒会長):
記憶を消され、成績が急上昇。東大を首席で卒業し、現在は財務省のトップ官僚。「この世に不思議などない」が口癖の、超現実主義者になった。
• 2人目(平成元年度 不良の番長):
記憶を消され、突然物理学に目覚める。現在はNASAでブラックホールの研究をしている。「俺の計算に間違いはねぇ」が口癖。
• 3人目(平成15年度 文芸部員):
記憶を消され、ベストセラー作家に。ただし書く小説はすべて「理路整然としたミステリー」で、オカルトを徹底的に否定する作風。
「みんな、とっても『お利口』になって、立派な社会人になったわ。少しつまらない大人になったけどね」
先輩はクスクスと笑った。
「ふるふる君。あなたも、七不思議を全部集めたご褒美に、記憶を消してもらって、天才になる? きっと、いい大学に行けるわよ?」
それは、悪魔の囁きのように甘く、そして残酷な提案だった。
ここまで積み上げてきた冒険も、先輩への想いも、全て忘れて「賢い大人」になる。それが、この学校のシステムが用意した「正規のゴール」なのだ。
俺は、冷めかけた紅茶を飲み干し、二人の顔を見た。
「……断ります」
俺の答えに、櫻子先輩と加藤先生は、今日一番の笑顔を見せた。




