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第28章 禁断の書庫と、上書きされた結末


最後の標的


 6月13日、金曜日。

 不吉な日付だが、俺にとっては決戦の日だ。

 放課後、俺はオカルト部室でヨミ部長と向き合っていた。

「残る七不思議はあと一つ。……図書室の『呪いの本』だ」

 部長が重々しく告げる。

「その本は、借りた覚えがないのに鞄に入っていたり、読んだ者を不幸にしたりするという。……通称『バッドエンド・グリモワール』」

 なのはさんが補足する。

「噂だと、その本には『学校の全生徒の未来』が書かれているらしいの。でも、結末は全部『不幸』や『絶望』で終わってるんだって」

「趣味の悪い予言書ですね」

「ああ。だが、今まで貴様が回収してきたアーティファクトの傾向からして、それは予言ではない。この学校に渦巻く『不安』や『諦め』が文字となって凝縮された記録媒体レコードだろう」

 部長は眼鏡を光らせた。

「心して行け、顧問。……言葉の毒は、刃物よりも深く魂をえぐるぞ」


文字の迷宮


 図書室は、本校舎の1階にある。

 放課後の喧騒が去り、静まり返った閲覧室。

 俺はコンパスを頼りに、奥へ奥へと進んだ。

 閉架書庫。

 普段は鍵がかかっているはずの扉が、少しだけ開いている。

 隙間から、冷たくて乾いた風が吹き抜けてくる。

「……ここか」

 俺は扉を開けた。

 その瞬間、視界が歪んだ。

 狭いはずの書庫が、どこまでも続く巨大な迷宮に見えた。

 天井まで届く本棚が壁のように聳え立ち、そこには無数の本がぎっしりと詰まっている。

 バサバサ、バサバサ……。

 頭上で音がする。見上げると、何冊もの本が鳥のように羽ばたき、空中で旋回していた。

「完全に空間ごと書き換えられているな……」

 俺は腰のムチに手をかけ、慎重に進んだ。

 コンパスの針は、迷宮の中心を指している。

不幸のシナリオ

 書庫の中心。

 そこには、一冊の黒い本が宙に浮いていた。

 表紙にはタイトルがない。ただ、ドス黒いオーラを放っている。

『……読め……』

 頭の中に直接、声が響いた。

 本がひとりでに開き、ページがパラパラとめくれる。

 そこから、黒い文字が煙のように溢れ出し、空中に文章を形成していく。

『古田降太は、階段から落ちて半身不随になる』

『綿貫なのはは、失恋のショックで心を閉ざす』

『角田と山口は、些細な誤解で破局し、一生孤独に死ぬ』

「なっ……!?」

 ふざけるな。

 そこに書かれていたのは、俺の大切な人たちの、ありもしない不幸な未来だった。

『……これが運命だ。変えられない。諦めろ……』

 本が嘲笑うようにページを震わせる。

 俺の心に、冷たい楔が打ち込まれるような感覚。

 ――どうせ無理だ。

 ――頑張っても無駄だ。

 そんなネガティブな感情が、強制的に植え付けられそうになる。

「くっ……!」

 俺は膝をついた。

 これは精神攻撃だ。ムチで叩いても、この「意味」は壊せない。

 言葉には言葉を。想いには想いをぶつけなきゃダメだ。


上書き保存


 俺は歯を食いしばり、立ち上がった。

 俺には、とっておきの武器がある。

 祖母との特訓で知った、俺自身の能力。

 俺は強く念じた。

 否定しろ。そんな未来はない。

 俺が、俺たちが作る未来は、もっと明るくて、温かいものだ!

「……俺の『執着』を舐めるなよ!!」

 ボッ!!

 俺の全身から、鮮やかなピンク色の付箋が爆発的に噴き出した。

 それは以前のような花吹雪ではない。

 一枚一枚が、鋼鉄のような質量と、燃えるような熱量を持った「意志の弾丸」だ。

 付箋には、俺の心の叫びが文字となって刻まれている。

『大丈夫!』

『絶対うまくいく!』

『ハッピーエンド!!』

「行けぇぇぇッ!!」

 俺は腕を振るった。

 無数の付箋が、宙に浮く黒い文字の列に殺到する。

 バシッ! ペタッ! ジュッ!

 付箋が黒い文字の上に張り付き、その不吉な予言を物理的に覆い隠していく。

『古田降太は……』→『毎日元気!』

『綿貫なのはは……』→『素敵な恋をする!』

『角田と山口は……』→『末長くお幸せに!!』

 黒い文字が悲鳴を上げて消滅し、俺の付箋(ポジティブな言葉)に「上書き保存」されていく。

『グゥ、オォォ……! 甘い……眩しい……!』

 黒い本が苦しみ悶える。

 俺の付箋は、ただの紙じゃない。現実を改変するほどの「祈り」の結晶だ。

 不幸なシナリオなんて、俺が全部書き換えてやる!

全回収

「これで終わりだ!」

 俺は最後の付箋――特大の一枚を手に持ち、黒い本に向かって飛びかかった。

 そこには、一言だけ大きく書いた。

『THE ENDおしまい

 ペタリ。

 俺がその付箋を表紙に貼り付けた瞬間。

 本はビクンと震え、パタリと閉じた。

 同時に、周囲の迷宮がガラスのように砕け散り、元の静かな書庫へと戻った。

 床には、大人しくなった黒い本が転がっている。

「……勝った」

 俺は本を拾い上げた。もう嫌な気配はしない。

 中身を確認すると、白紙になっていた。

 俺はそれをリュックに放り込み、書庫を出た。

七つの鍵

 その日の夕方。

 俺は回収した「呪いの本」を百葉箱に入れた。

 これで、七つ目だ。

* 狂気の絵画(美術室)

* 呪いのラジオ(放送室)

* 動く人体模型(理科室)→ ムチで制御

* 猫の楽譜(音楽室)→ ケット・シーとの契約

* ナルシストの鏡(理科室?)→ 破片は霧散したが解決

* メビウスのレリーフ(階段)

* 呪いの本(図書室)

 全て解決し、回収した。

 百葉箱の扉を閉めた瞬間、カチリ、と小さな音がした。

 いつもの鍵の音ではない。

 もっと深い場所、世界の根幹にある歯車が噛み合ったような音。

「……?」

 俺が顔を上げると、空の色が変わっていた。

 夕焼けではない。

 空全体が、毒々しい紫色と、鮮やかな桜色が混じった、不気味なマーブル模様に染まっている。

 そして、旧校舎パラレルの方角から、風に乗って声が聞こえた気がした。

『……準備は整ったわ。いらっしゃい、ふるふる君』

 櫻子先輩の声だ。

 いつもより妖艶で、そして切迫した響き。

 コンパスを取り出すと、針は北を指していなかった。

 ぐるぐると回り続け、やがてピタリと「真下」を指した。

 ここだ。

 この場所(旧校舎)こそが、最後の謎。

 8番目の不思議、「忘れじの魔女」の居城。

 俺はごくりと唾を飲み込んだ。

 七不思議集めは終わった。ここからは、この学校の、そして櫻子先輩の真実に触れる戦いが始まる。

 俺は百葉箱に背を向け、帰宅して準備を整えることにした。

 今夜は、きっと長い夜になる。

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