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第27章:無限回廊の悪夢と、断ち切る一撃


オカルト部の予言


 6月12日、木曜日。

 放課後、俺は「特別技術顧問」として、再びオカルト研究部の部室――通称「魔窟」を訪れていた。

「よく来たな、我が盟友よ」

 ヨミ部長が玉座で重々しく頷く。

 今日の議題は、七不思議の中でも特に危険とされる場所についてだ。

「西階段の『13段目』。……貴様も噂は聞いているな?」

「ええ。夜になると段数が増えて、そこを踏むと戻ってこられないとか」

 俺が答えると、なのはさんがホワイトボードに図解を始めた。

「そう! ここ数日、あそこで『神隠し未遂』が多発してるの。迷い込んだ生徒が、何時間も階段を上り下りして、気づいたら朝だった……なんて話も」

 ヨミ部長が眼鏡をクイッと押し上げた。

「あの階段は『ウロボロスの蛇』だ。始まりと終わりが繋がり、永遠に循環している。……おそらく、空間の循環機能がバグを起こして、迷い込んだ者を閉じ込めているのだろう」

「バグ、ですか」

「ああ。放っておけば、そのうち『未遂』では済まなくなる。……頼めるか、顧問?」

「……善処します」

 俺はコンパスを握りしめ、部室を後にした。

 コンパスの針は、西の方角を指して激しく回転している。

 やはり、ただの怪談じゃない。アーティファクトが絡んでいる。


螺旋の罠


 夕暮れの西校舎。

 ここは普段から人が少なく、ひんやりとした空気が漂っている。

 俺は一人、問題の階段の前に立った。

「行くぞ」

 一歩ずつ、段数を数えながら登る。

 1、2、3……。

 なんてことのないコンクリートの階段だ。

 10、11、12。

 次だ。普段なら踊り場に着くはずの最後の一歩。

 俺は覚悟を決めて、左足を踏み出した。

 13。

 トン、と靴底が地面を叩いた瞬間。

 フワッ。

 エレベーターが急降下した時のような、内臓が浮く感覚が俺を襲った。

「……っ!」

 俺は手すりを掴んで周囲を見渡した。

 景色は変わっていない。同じ夕暮れの窓、同じ汚れた壁。

 だが、違和感がある。

 俺は階段を駆け上がった。2階から3階へ。そして4階へ。

 だが、何度登っても「3階の表示」が現れない。

 逆に駆け下りてみる。1階の昇降口を目指して。

 しかし、降りても降りても、目の前には同じ「踊り場」が現れるだけだ。

 窓の外を見る。

 夕日が、沈まない。雲の形も、カラスの位置さえも、ピタリと固定されている。

「……閉じ込められた」

 完全なる空間閉鎖。

 ここには出口がない。永遠にこの薄暗い階段を彷徨うしかないのか。


欠けたピース


 恐怖で心臓が早鐘を打つ。

 だが、俺は自分の手首に巻かれた「赤と白の組紐(迷子紐)」を見て、深呼吸をした。

(落ち着け。……視るんだ)

 祖母の言葉を思い出す。

 『あんたの目はもう、プロの領域だ』

 俺は目を凝らし、空間の違和感を探した。

 ただのループじゃない。どこかに、この空間を歪めている「核」があるはずだ。

 ……あそこか?

 俺の視線が、踊り場の壁に埋め込まれた一枚の「レリーフ」に吸い寄せられた。

 古びた銅板のレリーフ。校章を模したような幾何学模様が彫られている。

 その周りだけ、空間が青白くノイズ走っているのが「視え」た。

「これだ。これが元凶か」

 俺はレリーフに近づいた。

 よく見ると、そのレリーフの一部――右下の角が欠損していた。

 何かが抜け落ちたような、不自然な窪み。

「……あれ?」

 俺はその形に見覚えがあった。

 昨日、パラレルワールドのプール(忘却の海)の底から、加藤先生が釣り上げた「石板の欠片」。

 あの形と、完全に一致する。

「そうか……!」

 繋がった。

 このレリーフ(アーティファクト)は、現実世界で破損し、その欠片が「忘却の海(裏世界)」へ流れ着いてしまったんだ。

 本体の一部を失ったことで、このレリーフは機能不全を起こし、空間の接続制御ができなくなって暴走ループしている。

 それが、この無限回廊の正体だ。


言霊の断絶


 原因は分かった。

 だが、解決策がない。

 欠片はパラレルワールドにある。今ここにはない。ハメ直して修理することは不可能だ。

「なら……壊すしかない」

 暴走しているこの循環システムそのものを、強制的に停止させる。

 俺は腰から「愛の鞭」を引き抜いた。

 ビュンッ!

 空気を切る音。

 祖母との特訓を思い出せ。

 ただ叩くだけじゃダメだ。明確な「命令コマンド」を乗せるんだ。

 俺はレリーフの周囲に渦巻く、空間の「継ぎ目」を見定めた。あそこを断てば、ループは解ける。

 イメージしろ。断絶を。停止を。

「……循環を、断てッ!!」

 俺は叫びと共に、渾身の力でムチを振るった。

 バヂィィィンッ!!!

 鞭の先端が、正確無比に「空間の継ぎ目」を捉え、炸裂音を響かせた。

 ガラスが割れるような、甲高い音が空間全体に響き渡る。

 ズズズズズ……!

 景色が歪む。

 固定されていた夕日が沈み始め、止まっていた風が吹き抜ける。


影の視線


 パリン、と音を立てて、空間の檻が砕け散った。

「はぁ、はぁ……」

 俺は膝をついた。

 戻った。いつもの、ただの西階段だ。

 壁のレリーフは光を失い、ただの古びた銅板に戻っていた。

 俺はそれを剥がして回収した。

 ふと、視線を感じて上を見上げた。

 階段の上。3階の踊り場。

 そこに、誰かが立っていた。

 夕闇に溶けるような、セーラー服の少女。

 櫻子先輩の影。

 彼女は、悲しげな、それでいてどこか俺を試すような冷ややかな瞳でこちらを見下ろしていた。

「……先輩?」

 俺が声をかけると、影はフッと揺らぎ、夕闇の中に溶けて消えた。

 彼女は何を見ていたのか。

 俺がこのループを解くのを待っていたのか、それとも……。

 俺は得体の知れない寒気を感じながら、レリーフを抱えて階段を降りた。

 残る七不思議は、あと一つ。

 図書室の「呪いの本」。

 すべてのピースが揃う時が、近づいている気がした。


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