第25章:ハズレくじの味と、魂の迷子紐
運試しの箱
6月10日、火曜日。
あの恐ろしい**『鏡の怪異』を物理破壊した翌日。
俺は昨夜の事後報告と、壊してしまった鏡の破片について相談するため、昼休みに旧校舎の裏庭へと向かった。
ボロボロの百葉箱を開けると、そこには加藤先生からの差し入れが入っていた。
カラフルなパッケージの箱だ。
『新作入荷。「ロシアン・チューイングキャンディ」だ。
10個中1個だけ、脳天直撃の激辛ハズレ(デス・フレーバー)**が入っている。
運試しにどうぞ』
「……またろくでもないものを」
俺は苦笑いした。
だが、今はこれが唯一の切符だ。
俺は箱を開け、紫色の包み紙のキャンディを一つ手に取った。
「いただきます」
口に入れる。グレープ味だ。美味しい。
「……セーフか」
モグモグと噛む。普通に甘い。
これじゃワープできない。次だ。
俺は二つ目、緑色の包み紙を手に取った。
口に入れた瞬間。
バリッ!!!
キャンディの中から、強烈な刺激物が弾け出した。
辛い? 痛い? いや、熱い!
ハバネロとワサビと電流を混ぜて煮込んだような、生物兵器レベルの刺激が舌を蹂躙し、鼻腔を突き抜け、脳幹を直接殴りつける。
「んぐっ……!!?!?!」
声にならない悲鳴。
涙腺が決壊する。
脳が「これは毒だ! 死ぬ!」と誤認警報を鳴らす。
視界が真っ赤に染まり、そして白く反転した。
事後報告会
「……水ぅ……」
園芸部の床で悶絶していると、櫻子先輩が呆れた顔で冷たい水を差し出してくれた。
「あらあら。見事に引き当てたわね。今日のラッキーボーイ」
「ひどい目に遭いました……」
俺は水を一気飲みして、ようやく息を吹き返した。
テラスでは、加藤先生(冒険家)がニカっと笑っている。
「よう少年。その反応、なかなかの『ハズレ』だったようだな」
「先生……これ、死人が出ますよ」
「ハッハッハ! で、昨日の鏡はどうなった?」
俺は昨夜の顛末を報告した。
合わせ鏡の中から**「のっぺらぼう」が現れ、なのはさんを引きずり込もうとしたこと。それを救うため、山口先生のクッキー(質量兵器)を投げつけて物理破壊したこと。
話を聞き終えると、先生は腕を組み、納得したように頷いた。
「ふむ……。見る者の願望を映し、引きずり込む『のっぺらぼう』か。……間違いない。そいつは『ナルシストの鏡』だ」
「ナルシストの鏡?」
「ああ。鏡の中に住み着き、覗き込んだ者の『自己愛』や『理想』を餌にする捕食型のアーティファクトだ。放っておけば、お嬢ちゃんは鏡の中に取り込まれて、新しい『のっぺらぼう』にされていたかもしれんぞ」
俺はゾッとした。あそこで割っていなければ、なのはさんは今頃……。
「ま、物理で叩き割るとは、お前らしい荒療治だがな」
先生はニヤリと笑った。
「結果オーライですよ。でも、鏡の破片はどうすれば?」
「粉々になったなら、エネルギーは霧散している。回収の必要はねえが……」
先生はサングラスを外し、鋭い眼光を向けた。
「少年。お前の戦い方は、運とゴリ押しに頼りすぎだ。せっかく手に入れた『武器』があるだろう? もっとスマートに使いこなせ」
先生が指差したのは、俺の腰にある「愛の鞭」と、ポケットの「猫寄せの笛」**だ。
「道具は使い手次第だ。……一度、専門家に指南してもらうといい」
実家の道場
放課後。現実世界に戻った俺は、家に帰るなり、縁側でお茶を飲んでいた祖母に頭を下げた。
「ばあちゃん! 俺に修行をつけてくれ!」
「……藪から棒に、どうしたんだい?」
祖母が湯呑みを置く。横にいるタマさんも「ニャ(また変なことを)」という顔をしている。
「俺、最近いろんな『不思議な道具』を手に入れたんだ。でも、使い方がよく分からなくて。……それに、俺自身の力のことも、ちゃんと知っておきたいんだ」
俺の真剣な眼差しに、祖母はしばらく俺を見つめ、やがてニヤリと笑った。
「いい心がけだ。……最近、あんたの魂がまた少し『向こう側』に傾いているからね。釘を刺すついでに、あんたの器量を測ってやろうかね」
第一の試練:言霊の鞭
俺たちは庭に出た。
タマさんが審判席(縁側)で見守る中、祖母が立ちはだかる。
「まずはその『ムチ』だ。振ってみな」
俺は腰から、加藤先生の作った黒革のムチを取り出した。
目の前の植木に向かって、バシッと振る。
ピシッ。
葉っぱが少し揺れただけだ。
「へっぴり腰だねぇ。それじゃあ、ただの紐だよ」
祖母が呆れる。
「いいかい降太。そのムチはただの革じゃない。あちら側の素材で作られた『呪具』だ。呪具を扱うには、**『意志』を込めなきゃいけない」
「意志?」
「そうさ。相手をどうしたいのか。『止まれ』なのか『伏せろ』なのか。明確な命令を脳で描き、それを『言霊』**として乗せて振るんだ」
俺は頷き、深呼吸をした。
人体模型を止めた時の感覚。イメージするのは、絶対的な停止。
「……止まれッ!!」
俺は叫びながら、ムチを振り下ろした。
ヒュンッ!!
風切り音が鋭く変わった。
ムチの先端が植木の枝を捉えた瞬間、バヂンッ!! と空気が爆ぜるような音がした。
枝が折れたわけではない。しかし、風に揺れていた枝葉が、まるで時間停止したかのようにピタリと静止したのだ。
「ほう。……筋がいいね」
祖母が目を細めた。
「それが『強制力』だよ。あんたの言葉が、道具を通して現実に命令を下したんだ」
第二の試練:視える力
「次は、あんた自身の目だ」
祖母は懐から数枚の「ヒトガタ(紙人形)」を取り出し、庭にばら撒いた。
「タマ、やりな」
「ニャッ!」
タマさんが尻尾を一振りすると、青白い狐火が飛び散り、ヒトガタに宿った。
すると、紙人形たちがゆらゆらと起き上がり、カサカサと庭を走り回り始めた。
速い。ゴキブリ並みの速さだ。
「この式神たちを、ムチで叩き落としてみな」
「ええっ!? こんな小さいの!?」
「見えるんだろう? あんたには」
祖母の声が低く響いた。
俺は目を凝らした。
夕暮れの薄暗い庭。高速で動く白い紙切れ。
……見える。
ただの白い紙じゃない。その周りに纏わりついている、青白い「気」の揺らぎまではっきりと見える。
あそこだ。次はこっちに曲がる。
俺の目は、式神の軌道を完全に予測していた。
バシッ! バシッ!
俺は無心でムチを振るった。
数分後。すべてのヒトガタが、真っ二つになって地面に落ちていた。
「……はぁ、はぁ。全部、やりました」
「…………」
祖母は少し驚いたような顔で、落ちたヒトガタを見つめていた。
(……予想以上だね。このスピードの式神を、残像ではなく『実体』として捉えている。……降太、あんたの目はもう、プロの領域に片足を突っ込んでいるよ)
祖母は心の中で呟いたが、それを俺には言わなかった。
「まあまあだね。……少しは『視える』ようになったじゃないか」
「そうですか? まだ、なんとなく気配が分かる程度ですけど……」
俺は汗を拭った。
第三の試練:付箋の質量
「最後だ。あんたの得意技……『付箋』を出してみな」
祖母は、庭の空中に指で四角を描き、簡易的な結界を張った。
「この中は、疑似的に境界を薄くしてある。あっちの世界だと思って、強く念じてごらん」
俺は頷き、目を閉じた。
思い浮かべるのは、櫻子先輩のこと、学校のこと、みんなを守りたいという気持ち。
一日一善。誰かの役に立ちたい。
その熱意が、胸の奥から溢れ出す。
ボッ。
俺の周りに、ピンク色の付箋が出現した。
一枚、十枚、百枚。
桜吹雪のように舞う付箋。
だが、以前とは違った。
パラパラ……という軽い音ではない。
バサバサッ! と、風圧を感じるほどの音がする。
一枚が祖母の頬をかすめた。
「っ!」
祖母の頬に、赤い線が入った。紙で切ったような傷だ。
「す、すみません!」
俺は慌てて念を止めた。付箋がハラハラと落ちて消える。
「……いいや、構わないよ」
祖母は指についた血を舐め、真剣な顔になった。
「質量が増しているね。あんたの『想い』が、あっちの世界では物理的なエネルギーに変換されやすくなっている。……これは武器にもなるが、諸刃の剣だ」
「諸刃?」
「あんたは『自分』を削りすぎなんだよ。誰かのために、って思いが強すぎて、自分の魂を燃料にして燃やしているようなもんだ」
祖母は俺の手首を掴んだ。
「このままだと、いつか本当の炎になって、あっちの世界に溶けて消えちまうよ」
魂の迷子紐
祖母は懐から、赤と白の糸で編まれた**「組紐」を取り出した。
そして、俺の手首に固く結びつけた。
「これは?」
「『魂の迷子紐』**さ。あんたの魂が肉体から離れすぎないように繋ぎ止めるアンカーだよ。……風呂に入る時も、寝る時も外すんじゃないよ」
それは、温かくて、どこか懐かしい感じのするミサンガだった。
「ありがとうございます、ばあちゃん」
「ふん。可愛い孫を、向こうの世界(櫻子さん)に取られるのは癪だからね」
祖母はぶっきらぼうに言ったが、その手は優しく俺の頭を撫でてくれた。
タマさんも「ニャー(精進しろよ)」と鳴いてくれた。
翌日。
学校で、なのはさんが俺の手首に気づいた。
「あ、古田くん! そのミサンガ可愛い!」
「え? ああ、これ……ばあちゃんに貰ったお守りで……」
「へぇー! 赤と白……縁結びの色ね! 私もお揃いの作っちゃおうかな!」
なのはさんは勝手に盛り上がっている。
俺は苦笑いした。
これは縁結びじゃなくて、命綱なんだけどな。
でも、この紐があるおかげで、俺はもう少しだけ無茶ができそうだ。
残る七不思議はあと二つ。
俺は手首の紐を握りしめ、次の戦いに備えた。




