第21章:黒の部室と、オカルト・インクイジション
招状
人体模型との死闘から一夜明けた、火曜日の放課後。
俺が昇降口で靴を履き替えようとしていると、背後からガシッと肩を掴まれた。
「確保ぉぉぉ!」
「うわっ!?」
振り返ると、綿貫なのはさんが目をギラつかせて立っていた。
「な、なのはさん? どうしたの?」
「どうしたもこうしたもないわよ、古田くん! 昨日のアレ、全校生徒が見てたんだからね!」
なのはさんは興奮気味に鼻息を荒くした。
「校庭を走り回る人体模型! それを一時間も華麗に誘導し、最後は旧校舎の裏へ誘い込んで……その後、一体どうやって黙らせたの?」
彼女は俺の手首に、手錠をカチャンとかけた。
「同行願います。……**『部長』**がお呼びよ」
「部長……?」
魔窟への招待
俺は拒否権なく、特別棟の最奥にある「第3準備室」へと連行された。
ドアには『オカルト研究部 入室禁止(生贄を除く)』という禍々しい張り紙がある。
「入りなさい。ここが私たちのサンクチュアリよ」
なのはさんがドアを開ける。
ギギギ……と、妙に重い音がした。
中は真っ暗だった。
窓という窓が黒い模造紙で目張りされ、光源は部屋の中央にある蝋燭(LED)のみ。壁には怪しげなお札やポスターがびっしりと貼られている。
お香のスパイシーな匂いが立ち込める中、部屋の奥、玉座のような豪華な椅子(粗大ゴミの再利用)に、一人の女子生徒が座っていた。
黒髪ロングの姫カット。ゴシックロリータ風の制服。そして片目には眼帯。
彼女は扇子で口元を隠し、ククク……と低く笑った。
「ようこそ、魔窟へ。……待っていたぞ、時の迷い子よ」
「ええと……あなたが部長さんですか?」
俺が尋ねると、彼女はバサリとマントを翻し、芝居がかった仕草で立ち上がった。
「いかにも。私がこの世界の『裏側』を覗く者……オカルト研究部部長、四方山ヨミだ。以後、崇め奉るがよい」
「はあ……どうも、1年の古田です」
キャラが濃い。なのはさんがまともに見えるレベルだ。
俺が挨拶を済ませようとすると、ヨミ部長が扇子をピシャリと閉じた。
「挨拶はまだ早いぞ、新入り。……貴様、不用心だな?」
「はい?」
「我らのサンクチュアリに足を踏み入れておきながら、背後の警戒を怠るとは」
部長がニヤリと笑い、俺の後ろを顎でしゃくった。
「……ロックオン。距離、1.2」
耳元で、無機質な声がした。
「うわあっ!?」
俺は飛び上がって振り返った。
いつの間にか、俺のすぐ背後にあるロッカーの上に、迷彩柄のジャージを着た小柄な男子がうずくまっていた。
気配が全くなかった。まるで空気に溶け込んでいたみたいだ。
彼は手にした謎の機械(探知機?)を俺に向けたまま、無表情で見下ろしている。
「紹介しよう。彼は土屋。通称**『ツチノコ』**だ」
ヨミ部長が得意げに紹介する。
「気配を殺すことにかけては、我が部最強のUMAハンターだ。貴様が入室した瞬間から、すでに彼の射程圏内だったのだよ」
「……生体反応、正常。宇宙人ではない模様」
ツチノコ先輩はボソリと呟くと、忍者のように音もなくロッカーから飛び降り、部屋の隅へ移動してまた気配を消した。
(……なんだこの部活。変な人しかいない)
異端審問
「座れ。審問を始める」
ヨミ部長が扇子で向かいの丸椅子を指した。
俺は大人しく座った。なのはさんは書記として横にスタンバイしている。
「古田降太。……貴様、昨日の『理科室の暴走』を鎮圧したそうだな」
「は、はい。まあ、成り行きで」
「さらに先週、放送室の『呪いのラジオ』を持ち出し、沈静化させたのも貴様だと、エージェント・ワタヌキから報告を受けている」
部長がスッと身を乗り出した。
「単刀直入に聞こう。……貴様、何者だ?」
「何者って、ただの中学生ですけど……」
「嘘をつくな!」
部長がバン!と机を叩いた。
「ただの中学生が、暴走する人体模型を一時間もカイティング(引き撃ち)し続けられるものか! しかも最後、奴は旧校舎の裏に入った途端、憑き物が落ちたように停止したと聞く」
部長の眼帯をしていない方の目が、鋭く光る。
「あれだけの怪物を、人目につかない場所で一瞬にして無力化した……。貴様、**『結界術』か何かを使ったな? それとも『言霊』**による強制停止コマンドか?」
俺は冷や汗をかいた。
ムチを使ったところは見られていないが、逆に「見えないところでどうにかした」ことが、彼女たちの妄想を加速させている。
「それは……その、ばあちゃんが霊媒師でして。ちょっとしたお祓いというか、お祈りを……」
俺はとっさに嘘をついた。半分は本当だ。
「霊媒師……!」
ヨミ部長がパッと扇子を開いた。
「なるほど、エクソシストの家系か! ならば辻褄が合う! ツチノコ、どう思う?」
「……肯定する。対象から微弱な霊的残滓を感知」
部屋の隅からツチノコ先輩の声がした。いつの間に移動したんだ。
霊視テスト
「よかろう。だが、口先だけなら何とでも言える」
ヨミ部長が立ち上がり、バサリとマントを翻した。
「貴様が『本物』かどうか、テストをしてやろう」
「テスト?」
「フフフ……。私の背後を見よ」
部長が背中を向けた。
「私には、幼い頃から契約している強力な守護霊がついている。……**『暗黒の堕天使』**がな。霊感があるなら、その漆黒の翼が見えるはずだ」
部長は自信満々にポーズを決めている。なのはさんも「部長の守護霊、凄そう!」と期待の眼差しを向けている。
俺は目を凝らした。
俺には多少、霊感がある。 そこに幽霊がいるなら、はっきりと見えるはずだ。
……いた。
部長の右肩のあたりに、何かが浮いている。
それは、手のひらサイズの、黄色くてふわふわした……。
「ピヨッ」
ひよこだ。
つぶらな瞳のひよこの幽霊が、部長の肩でピョンピョン跳ねている。
翼なんてない。あるのは小さな黄色い羽毛だけだ。
(……ええええええ)
俺は絶句した。
これが暗黒の堕天使? どう見ても縁日で買ってきたカラーひよこの成れの果てだ。
「どうだ? その禍々しさに言葉も出ないか?」
部長が勝ち誇ったように振り返る。
俺は葛藤した。
『ひよこが見えます』なんて言ったら、この人のプライドはズタズタだ。最悪、社会的に抹殺されるかもしれない。
俺は覚悟を決めて、渾身の演技をした。
「……は、はい。見えます。ものすごい、漆黒の……オーラが」
「ほう!」
「翼が……そう、部屋を埋め尽くすほど大きくて……直視できません!」
俺が顔を覆うと、ヨミ部長は「フハハハハ!」と高笑いをした。
「やはり見えるか! 貴様、なかなかの『眼』を持っているようだな!」
肩の上のひよこが「ピヨピヨ(良かったな)」と鳴いている気がした。
特別技術顧問
「認めてやろう、古田降太」
部長は満足げに椅子に座り直した。
「貴様を、我がオカルト研究部の**『特別技術顧問』に任命する」
「はあ……顧問ですか」
部員じゃなくてよかった。
「我々は『知識』はあるが『実戦』には弱い。貴様のような武闘派エクソシストが必要なのだ」
部長は机の引き出しから、一枚の地図を取り出した。
「その代わり、我々が集めた『闇の情報』を提供しよう。……貴様、七不思議を追っているのだろう?」
「ええ、まあ」
正確にはアーティファクトの回収だが、利害は一致している。
「次なるターゲットはここだ」
部長が指差したのは、北校舎の最上階。
音楽室。
「最近、夜な夜な音楽室からピアノの音が聞こえるという。曲目はベートーヴェンの『月光』……ではなく、なぜか『猫踏んじゃった』の超絶技巧アレンジだそうだ」
「猫踏んじゃった……?」
「しかも、その演奏を聴いた者は、翌日からなぜか『語尾にニャがつく呪い』**にかかるという」
……嫌な予感がする。
猫。超絶技巧。
俺の脳裏に、あちらの世界のタマさん(猫又)か、あるいは櫻子先輩がまた変な遊びをしている光景が浮かんだ。
「情報、感謝します。……調べてみます」
「うむ。期待しているぞ、顧問」
俺は解放された。
オカルト部室を出ると、廊下の空気が美味しかった。
しかし、ポケットに入れたコンパスは、確かに音楽室の方角を指して震えていた。
次の任務は、音楽室だ。




