第20章:雑草の錬金術師と、爆発する芸術
いっけねぇ
話がぬけてたぁ…
オマケとして読んでくださいm(_ _)m
理科室の異臭騒ぎ
6月上旬。
放課後、俺は「理科室から変な匂いがする」という噂を聞きつけ、調査に向かっていた。
廊下には、草を煮詰めたような、漢方薬を焦がしたような、強烈な青臭い匂いが漂っている。
「……うぷっ。なんだこの匂い」
俺はハンカチで鼻を押さえ、理科室のドアをそっと開けた。
「ヒヒッ……ヒヒヒッ……」
薄暗い理科室の奥。
実験台の上で、カセットコンロにかけられたビーカーが、ボコボコと不気味な緑色の液体を煮立たせていた。
その前で、ボサボサ髪の男が、一心不乱に菜箸で液体をかき混ぜている。
宇多川茂麻呂先輩だ。
「せ、先輩? 何してるんですか?」
俺が声をかけると、先輩はギギギと首を回した。
目の下には濃いクマがあり、頬はこけているが、瞳だけが異常なほどギラギラと輝いている。
「おお、古田くんか! 待っていたよ! ついに……ついに集まったんだ!」
先輩は、泥だらけの手でビーカーを指差した。
「君が教えてくれた『究極のレシピ』の材料がね!」
禁断の調理実習
俺は戦慄した。
あの時のデマカセを、まだ信じていたのか。
「見てくれ! 校庭の隅で、最も生命力の強いオオバコの根を3本! 満月の夜に採取した朝露(水道水かもしれない)! そして隠し味の……フフフ」
先輩は自身の指を噛み、爪の先をビーカーに弾き入れた。
「僕の爪の垢だ!!」
「うわぁ……」
ドン引きだ。衛生観念が死んでいる。
ビーカーの中身は、ドロドロの深緑色のペースト状になっている。どう見ても産業廃棄物だ。
「さあ、仕上げだ! 儀式の言葉を!」
先輩はビーカーを掲げ、窓の外に向かって絶叫した。
「芸術はァァァ! 爆発だァァァッ!!」
その叫びは、魂の咆哮だった。
先輩は熱々のペーストをスプーンですくい、躊躇なく口に放り込んだ。
「あむっ!!」
覚醒(あるいは食あたり)
ゴクリ。
先輩の喉が鳴った。
俺は固唾を呑んで見守った。救急車を呼ぶ準備をする。
「…………」
先輩が震え出した。
白目を剥き、口から緑色の泡を吹く。
「先輩!?」
「……んぐ、ぐぉぉぉぉぉ!!!」
先輩がカッと目を見開いた。
その瞳孔が開いている。
「き、来た……! 来たぞぉぉぉ!」
先輩はキャンバス(裏紙)に向かって突進した。
「色が! 世界の色が見える! 雑草の生命力が、大地のエネルギーが、僕の脳髄を駆け巡る! これだ、この苦味こそが人生の味だぁぁぁ!」
シュババババッ!!
先輩は筆ではなく、指に絵の具をつけ、狂ったように紙に叩きつけ始めた。
そこに描かれていくのは、以前のような「禍々しい悪意」ではない。
もっと混沌とした、しかしどこか「生命力」に溢れた、極彩色の抽象画だった。
「見える! 見えるぞ真理が!」
先輩は笑いながら、泣いていた。
雑草は漢方薬としても使われる植物だ。
プラシーボ効果と、極限の空腹、そして「信じる心」が化学反応を起こし、彼の脳内で「独自のドラッグ(脳内麻薬)」が生成されてしまったらしい。
園芸部での鑑定
その後。
描き殴って満足し、気絶した先輩を保健室に運んだ(先生には「野菜ジュースでむせた」と嘘をついた)後。
俺は残った「緑色のペースト」を小瓶に入れ、裏世界の園芸部へと持ち込んだ。
「……なるほどね」
櫻子先輩は、小瓶の匂いを嗅ぎ、呆れたように笑った。
「ただの雑草の煮汁よ。霊的な力なんて欠片もないわ」
「ですよね。俺の適当な嘘ですし」
「でもね、ふるふる君。『思い込み』というのは、時に呪いよりも強い力を発揮するの」
先輩は、窓の外の花畑を見た。
「彼は、これを『魂の味がする』と信じ込んだ。その純粋すぎる狂気が、雑草の成分を変質させ、彼の中の『回路』を無理やり繋げてしまったのね」
加藤先生も、ペーストを指先につけて舐め、顔をしかめた。
「不味い。……だが、毒気は抜けているな。以前の『悪意』が消え、代わりに『野生のエネルギー』が充満している」
「じゃあ、結果オーライってことですか?」
「ええ。少なくとも、もう彼は『他人の魂』を欲しがったりはしないわ。自分の足元の草を食べて、自分で発電できるようになったんだもの」
櫻子先輩はクスクスと笑った。
「ある意味、最強のアーティストの誕生ね」
こうして、宇多川先輩の「魂のクッキー中毒」は、「雑草食による自家発電」へと進化を遂げた。
これが後に、彼を「聖人」へと押し上げる第一歩となるのだが、それはまだ先の話である。
とりあえず俺は、理科室のビーカーを死ぬほど洗った。




