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第17章:飢える画伯と、偽りのレシピ



禁断症状


 旧校舎の裏庭から立ち去ろうとした俺の前に、ふらりと人影が現れた。

「……おい」

 地の底から響くような声。

 振り返ると、そこには宇多川茂麻呂先輩が立っていた。

 様子がおかしい。

 昨日のような芸術的なギラつきではない。頬はこけ、目の下には濃いクマがあり、髪はボサボサ。まるで三徹した漫画家か、飢えた野犬のような形相だ。

「せ、先輩? どうしたんですか?」

「色が……消えていくんだ」

 先輩は、虚空を掴むように指を震わせた。

「あのクッキーを食べた時に見えた、世界の極彩色が……。今はもう、ただの灰色だ。インスピレーションが枯渇した。描けない。何も描けないんだよぉぉ!!」

 先輩が頭を抱えて絶叫した。

 禁断症状だ。

 「魂の球根」入りクッキーは、一般人には劇薬だ。一度あの「全能感」と「色彩の爆発」を味わってしまった脳は、通常の状態では満足できなくなってしまったのだ。

「く、くれ……」

 先輩が、血走った目で俺を睨んだ。

「あのクッキーをくれ! レシピを教えると言っただろう! 材料はなんだ! どこにある!」

「ひっ」

 俺は後ずさった。

 まずい。完全に**「クッキーモンスター」**と化している。


ニセモノの味


「ま、待ってください先輩! レシピは教えますけど、材料が特殊すぎて……」

「嘘だ!!」

 先輩がダッシュで距離を詰めてきた。速い。

 俺の胸ぐらを掴み、鼻をクンクンと近づける。

「匂いがするぞ……。お前から、あの甘くて、脳みそが痺れるような『魂』の匂いがする!」

 俺はギクリとした。

 毎日クッキーを食べている俺の体や、さっき百葉箱を開けた手に、匂いが染み付いているのだ。

「先輩、落ち着いて! これ、あげるから!」

 俺はリュックから、非常食として持っていた市販のチョコチップクッキーを取り出し、先輩の口に突っ込んだ。

「むぐっ!」

 先輩は反射的にそれを噛み砕いた。

 ガリッ、ボリッ。

 咀嚼音が響く。先輩の動きが止まる。

 俺は祈るような気持ちで見守った。これで満足してくれれば……。

「…………」

 先輩は、ゆっくりとクッキーを飲み込み、そして。

「……違う」

 静かに呟いたかと思うと、鬼の形相で叫んだ。

「これじゃなああああい!!」

 ドゴォッ!!

 先輩の拳が、俺の横にあった古木を殴りつけた。樹皮がめくれる。

「ただの小麦粉と砂糖だ! こんなスカスカな質量じゃ、僕の魂は満たされない! もっと重い、ドロドロとした『命』の味が欲しいんだよぉぉ!!」

 ダメだ。舌が肥えすぎている。

 市販のクッキーでは、彼の中の「芸術の魔物」を鎮めることはできない。


究極のレシピ(出まかせ)


 このままでは、俺自身が齧られかねない。

 俺は必死に脳を回転させた。彼を納得させ、かつここから遠ざける方法は……。

「わ、わかりました! 本当のレシピを教えます!」

 俺は叫んだ。

 先輩の動きがピタリと止まる。

「本当の、レシピ……?」

「はい。実はあのクッキー、ただの材料じゃ作れないんです。特別な儀式が必要で……」

 俺はリュックからメモ帳を破り取り、ボールペンでサラサラと適当なことを書き殴った。

【究極の芸術クッキー・錬成レシピ】

1. 校庭の雑草オオバコの根:3本

2. 理科室のビーカーの水:200ml

3. 満月の夜の露:少々

4. 自身の爪の垢:隠し味

「こ、これです! この材料を煮込んで、最後に『芸術は爆発だ!』と叫びながら練り込むんです!」

 俺は震える手でメモを渡した。

 先輩はそれをひったくり、食い入るように見つめた。

「雑草の根……満月の露……爪の垢……!」

 先輩の目が怪しく輝き出した。

「なるほど。やはり常人の発想ではない材料が必要だったか。……これなら、あの深淵の味が出せるかもしれない」

 信じた。

 芸術家ゆえの思い込みの激しさが、今は味方した。

「よし! すぐに採取だ! まずはオオバコを探す! 邪魔をするなよ古田!」

 先輩はメモを握りしめ、四つん這いになって校庭の草むらへと猛ダッシュしていった。

「あった! これか! いや、これはタンポポだ……!」

 遠くから、ブツブツと独り言が聞こえてくる。


一時しのぎ


「……はぁ、はぁ。助かった……」

 俺はその場にへたり込んだ。

 とりあえず、しばらくは「材料探し」で忙しくしてくれるだろう。

 だが、これは一時しのぎに過ぎない。

 やっぱり、一般人にあのクッキーを食べさせちゃダメだ……。

 俺は改めて、百葉箱の管理(とクッキーの匂い対策)を徹底しようと心に誓い、逃げるように帰宅した。







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