第16章:ノイズ混じりの放送室
オカルト少女の第2報告
水曜日。
宇多川先輩の「狂気の絵画」騒動から一日が経ち、俺は再び平穏な(?)学校生活を送っていた。
昼休み。俺は屋上の手すりに寄りかかり、メロンパンをかじっていた。
隣には、当然のように綿貫なのはさんがいる。
「ねえ古田くん、昨日の『考察レポート』読んだ?」
「うん、読んだよ。……すごい分厚かったね」
なのはさんは、俺が出まかせで依頼した「学校の怪談マップと絵画の相関関係」についてのレポートを、なんとA4用紙10枚にも渡って書き上げてきたのだ。
内容は「絵画の呪いが地脈を刺激し、霊的磁場を活性化させた可能性がある」という、半分合っていて半分妄想のようなものだったが、その熱意には頭が下がる。
「それでね、その調査の過程で、新しい**『特異点』を見つけちゃったの!」
なのはさんが、ババン!と地図を広げた。
今度の印は、北校舎の端。
「放送室?」
「そう! ここ数日、放送部の子たちが怖がってるの。機材の電源を切っても、夕方になると勝手に『ザザッ……ザザッ……』ってノイズが流れて、時々『外国人の話し声』**が混じるんだって!」
俺はパンを飲み込んだ。
外国人の話し声。
そして、ポケットの中のコンパスが、カチリと音を立てて北東(放送室の方角)を指した。
ビンゴだ。
「……行ってみようか、綿貫さん」
「えっ、いいの!? やった、調査開始ね!」
沈黙のDJ
放課後。
生徒たちが完全に下校し、静まり返った校舎を、俺となのはさんは歩いていた。
放送室は、普段は施錠されている。
だが、なのはさんは「オカルト部の七つ道具その1、ヘアピン!」と言って鍵を開けようとし――俺が止める前に、鍵が開いていることに気づいた。
「……開いてる」
「部員の子が閉め忘れたのかな?」
俺たちは顔を見合わせ、そっとドアを開けた。
中は薄暗く、埃っぽい匂いがした。マイク、ミキサー、CDデッキ。放送機器が整然と並んでいる。
人の気配はない。
だが、部屋の奥。機材ラックの上に、「それ」はあった。
学校の備品には似つかわしくない、木枠のついた古めかしい真空管ラジオだ。
コンセントは繋がっていない。
なのに、真空管がぼんやりとオレンジ色に灯り、スピーカーから低い音が漏れている。
『……Zzz……Grrr……』
「うわ、本当に鳴ってる……」
なのはさんが目を輝かせて近づく。
「これ、真空管ラジオよね? レトロで可愛い! でもなんで電源なしで動いてるの? 霊界通信?」
俺はコンパスを確認した。針が激しく回転している。
間違いなくアーティファクトだ。
このラジオが、周囲の「何か」を受信して、勝手に鳴っているのだ。
『……妬ましい……あの子だけ……』
不意に、ラジオから女性の声がした。日本語だ。
「ひゃっ!?」
なのはさんが飛び上がる。
『……なんで私じゃないの……死ねばいいのに……』
声は、低く、湿っぽく、そしてドロドロとした怨嗟に満ちていた。
それは放送部員の愚痴か、それともこの学校の誰かの「本音」なのか。
「こ、怖い……。なにこれ、呪いの放送?」
なのはさんが青ざめる。
まずい。このまま聞かせ続けると、昨日の絵画の二の舞いだ。
「綿貫さん! 離れて!」
俺はとっさにリュックからタオルを取り出し、ラジオに被せた。
音が少しこもる。
「こいつは危険だ。俺が預かる」
「えっ、でも……」
「これは『呪いの受信機』だ。このままここに置いておくと、学校中の悪い噂を吸い寄せて、電波に乗せて拡散してしまうかもしれない。……俺が責任を持って、例の**『封印場所』**へ運ぶ」
「封印場所……! 昨日の絵画と同じところね?」
「そうだ。だから、君はここで見張りをしていてくれ。先生や他の生徒が来たら誤魔化してほしいんだ」
「ラジャ! 任せて、エージェント古田!」
なのはさんは素直に見張りに立ってくれた。
俺はタオル越しにラジオを抱え、放送室を飛び出した。
腕の中で、ラジオがブツブツと何かを呟き続けている。
英語、中国語、そして悲鳴のようなノイズ。
俺は寒気を感じながら、百葉箱のある旧校舎へと走った。
発送完了
旧校舎の裏庭。
俺は百葉箱の扉を開け、ラジオを放り込んだ。
昨日の絵画のような「拒絶反応」はない。すんなりと収まった。
「……よし」
俺は扉を閉め、鍵をかけた。
一時間のタイムラグを経て、このお喋りなラジオは園芸部へと転送されるはずだ。
あちらには、死んでいる櫻子先輩と、規格外の加藤先生がいる。
この程度の呪物なら、なんとでもしてくれるだろう。
「頼みましたよ、先生」
俺は百葉箱に手を合わせ、その日は大人しく家に帰ろうとした。
だが、トラブルはこれで終わりではなかった。




