第15章:日曜日の襲来者と、霊媒師の査定
穏やかな日曜日と、二尾の猫
5月26日、日曜日。
中間テストという地獄を(数学以外は)無事に乗り切った俺は、久しぶりに自宅のリビングでくつろいでいた。
父さんは休日出勤で不在だが、今日は強力な助っ人が遊びに来てくれている。
「ふふ。降太ちゃん、また少し『視える』ようになったんじゃないかい?」
縁側で日本茶を啜っているのは、母方の祖母だ。
着物が似合う上品な老婆だが、その瞳は時折、全てを見透かすような鋭い光を放つ。
それもそのはず。祖母は地元でも有名な「霊媒師」なのだから。
「うん……。最近、タバコ屋のお婆ちゃんとも話したし、学校でも色々あって」
俺が答えると、祖母の肩に乗っていた三毛猫が、ふぁあとあくびをした。
一見するとただの太った猫だが、その尻尾は二股に分かれ、青白い燐光を纏っている。
猫又のタマさんだ。
以前の俺には「ちょっと尻尾が変な猫」くらいにしか見えていなかったが、今の俺には、その妖力がはっきりと視認できる。
「ニャア(精が出るな、小僧)」
声まで聞こえる気がする。
俺がタマさんに会釈すると、玄関のチャイムがけたたましく鳴り響いた。
ピンポーン! ピンポーン! ドンドンドン!
「古田くーん! 居るんでしょー! 開けてー!」
この声は……。
俺は嫌な予感を抱えながら玄関を開けた。
オカルト少女の弾丸プレゼン
「お邪魔しまーす!」
台風のように飛び込んできたのは、クラスメイトの綿貫なのはさんだった。
私服のワンピース姿だが、その背中にはパンパンに膨れ上がったリュック、手には模造紙の束を抱えている。
「ちょ、綿貫さん? 急にどうしたの?」
「どうしたもこうしたもないわよ! 頼まれてた『極秘任務』の報告書、まとめ上げてきたんだから!」
なのはさんはズカズカとリビングに上がり込み、ちゃぶ台の上に模造紙を広げた。
「あらあら、元気なお嬢さんだこと」
「あ、こんにちは! 古田くんのお婆様ですか? お邪魔してます!」
なのはさんは祖母に元気よく挨拶したが、祖母の肩に乗っている巨大な化け猫には全く気づいていない様子だ。タマさんが目の前で尻尾を振っていても、彼女の視線はそれを素通りする。
やはり、彼女には「霊感」が全くないらしい。
「それで古田くん! 聞いて驚け、見て笑え! 私が徹夜で解析した、『今、学校で起きている怪異の相関図』よ!」
なのはさんがババン!と広げた模造紙には、学校の見取り図と、無数の書き込みがされていた。
報告1:美術室の怪(第12章)
「まず、金曜日の美術室! 宇多川先輩が突然『覚醒』して、あんな禍々しい絵を描き上げた件。あれは間違いなく、『外部からのエネルギー干渉』があった証拠よ。先輩、なんか『美味しいものを食べた』って言ってたし」
(……正解。俺が渡したクッキーだ)
報告2:園芸部の寒暖差(第6章)
「次に、旧校舎の裏庭! ここ数日、あの一帯だけ『気温が異常に低い日』と『春みたいに暖かい日』が交互に来ているの。気象データを確認したけど、局地的すぎて異常気象じゃ説明がつかない。まるで、誰かの『感情』が天候を変えているみたいに」
(……大正解。櫻子先輩のメンタルだ)
報告3:ボランティア部の奇跡(第7章)
「そして極め付けは、角田先生と山口先生の急接近! あの二人の周りに漂っていたドス黒いオーラが、ある日を境にパッと消えて、今じゃピンク色の花が飛んでるみたい。……これは、誰かが『呪い(コンプレックス)』を物理的に切除したとしか思えないわ!」
(……ご名答。加藤先生がマチェットで切り払った)
なのはさんは鼻息も荒く、ホワイトボード(持参)を指し棒で叩いた。
「結論! 今、この学校の裏側では、『意思を持った巨大なエネルギー』が動いている! そしてその震源地は……」
彼女の指が、地図上の「旧校舎」を指し示した。
「間違いなくここ! 『忘れじの魔女』の住処よ!」
霊媒師の答え合わせ
「……ふぅ。どう? 完璧な推理でしょう?」
一通り喋り倒して、なのはさんは麦茶を一気飲みした。
俺は冷や汗をかいていた。
彼女は霊感がゼロなのに、情報収集能力と直感だけで、真相のかなりいい線までたどり着いている。
「すごいね、綿貫さん……。探偵になれるよ」
「えへへ、そうかな? でも、肝心の『魔女』の正体と、古田くんが何を隠しているのかまでは、まだ分からないんだけどねー?」
なのはさんは上目遣いで俺を見た。
鋭い。
「ほっほっほ。面白いお嬢さんだねぇ」
それまで黙って聞いていた祖母が、湯呑みを置いて笑った。
タマさんも「ニャ(こいつは傑作だ)」と喉を鳴らしている。
「お婆様、変な話をしてすみません。オカルトなんて信じないですよね?」
「いいや。信じるよ」
祖母は穏やかな目をしたまま、空気を変えた。
「あんたの言っていることは、あながち間違っちゃいないよ。その学校にはね、昔から『太い脈』が通っているんだ」
「脈?」
「ああ。人の想いや、念が溜まりやすい『龍穴』みたいな場所さ。良いものも悪いものも、そこに集まってくる。……49年前のあの悲しい事故も、その流れの一部だったのかもしれないねぇ」
「49年前の、事故……?」
俺は首を傾げた。
初耳だ。そんな昔に、学校で何か大きな事故があったのだろうか。
でも、俺が生まれる何十年も前の話だ。今の園芸部の不思議な現象と、直接関係があるとは思えない。
ただ、祖母の言い方には、何か引っかかるものがあった。
「お嬢さん。あんたには『視る力』はないが、『嗅ぎ分ける力』があるようだね。その勘の良さは、時として霊感以上に真実を射抜くよ。……まあ、深入りしすぎると火傷するけどね」
「えっ? 嗅ぎ分ける……?」
なのはさんはキョトンとしているが、俺には分かった。
祖母は、なのはさんの調査結果に「プロのお墨付き」を与えたのだ。
「さて、と。長居しちゃってごめんね! これ、置いていくから!」
なのはさんは模造紙を俺に押し付けると、「また新しい情報が入ったら教えるね!」と風のように帰っていった。
これからの指針
嵐が去ったリビングで、俺は祖母と向き合った。
「……ばあちゃん。俺の学校、やっぱりヤバい?」
「ああ。タマが毛を逆立てるくらいにはね」
祖母はタマさんの背中を撫でながら、真剣な顔になった。
「降太。あんたが『あちら側』に関わっていることは、止めはしないよ。それはあんたの血の運命だし、何より……あんたはもう、『半分向こうの住人』になりかけているからね」
「半分……」
「でもね、忘れるんじゃないよ。あんたは生きた人間だ。向こうの理屈に飲み込まれそうになったら、いつでもここ(家)に帰っておいで。ばあちゃんが、塩でも清め酒でもぶっかけて、こっち側に引き戻してやるからさ」
「うん。……ありがとう、ばあちゃん」
俺は模造紙を見つめた。
なのはさんがまとめてくれた「七不思議」のリスト。
音楽室のピアノ、理科室の人体模型、図書室の本……。
加藤校長に託されたコンパスと、この地図があれば、次の「アーティファクト」を見つけられるかもしれない。
それが何なのか、そして櫻子先輩や加藤先生が何をしようとしているのか、まだ分からないことだらけだ。
でも、動くしかない。
俺は決意を新たにした。
次のターゲットは、このリストの中にある。




