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第14章:灼熱の宅配便と、耐熱の冒険家


燃える箱

 びっくり箱による強制シャットダウンから目覚めた俺は、跳ね起きるなり裏庭へと走った。

 一刻も早く、あの危険な絵画を回収しなきゃいけない。

「先生! 先輩! ブツが届きます!」

 俺は叫びながら、園芸部の勝手口を飛び出した。

 そこには、信じられない光景があった。

 裏庭に設置された白い百葉箱セーフボックス

 それが、湯気を上げていた。

「なっ……!?」

 近づくと、モワッとした熱気が顔を撫でた。

 焚き火のそばに立った時のような熱さだ。

 箱の表面の白いペンキが、高熱でジュウジュウと音を立てて泡立ち、焦げ臭い匂いを撒き散らしている。

 箱全体が小刻みに振動し、まるで今にも爆発しそうなボイラーのようだ。

「うわ、熱っ!!」

 俺は扉の取っ手に手を伸ばしたが、指先が触れた瞬間に反射的に引っ込めた。

 焼けるように熱い。素手で触れるレベルじゃない。

「どうなってるんだ!? あっち(現実)で無理やり押し込んだせいか!?」

 次元の摩擦熱か、あるいは絵画が放つ悪意のエネルギーが熱に変換されているのか。

 どちらにせよ、このままでは百葉箱が燃え尽きてしまう。

「騒がしいわね、ふるふる君。焼き芋でも始めたの?」

 テラスから、櫻子先輩が顔を出した。

 彼女は燃え上がりそうな百葉箱を見ても、「あらまあ」と口元を抑えるだけで動じない。

「先輩! 呑気なこと言ってる場合じゃないです! 開けられないんです! 中身が……!」

「待ってろ少年! 俺に任せろ!」

 ドタドタと足音がして、加藤先生が部屋から飛び出してきた。

 その手には、分厚い革製の耐熱グローブがはめられている。

BBQの流儀

「せ、先生! その手袋……」

「おう。ダッチオーブンも掴める、最高級の牛革製『焚き火用グローブ』だ! バーベキューの必需品だぞ!」

 先生はニカっと笑うと、熱波を発する百葉箱の前に仁王立ちした。

 普通なら消防車を呼ぶレベルの状況だが、この男にかかれば「ちょっと火力が強い料理」くらいの認識らしい。

「いくぞ! 離れてろ!」

 先生はグローブをはめた手で、真っ赤に熱せられた金属製の取っ手をガシッと掴んだ。

 ジューッ!!

 革が焦げる音がするが、先生は眉一つ動かさない。

オープン!!」

 気合一閃。

 先生が扉を勢いよく開け放った。

 ボォォッ!!

 内部から、熱風と黒い煙が噴き出した。

 俺は腕で顔を覆った。

 煙が晴れると、箱の中には、布に包まれたキャンバスが鎮座していた。

 だが、その布は黒く焦げ、キャンバス自体もドクンドクンと赤黒く脈打っているように見えた。

「こいつは……とびきり活きがいいな!」

 先生は怯むことなく、その脈打つキャンバスを両手で掴み、強引に引きずり出した。

「熱っ! こいつ、抵抗してやがる!」

 絵画が、箱の内壁にへばりつくように重くなる。

 だが、元・保護観察官の腕力(と全盛期の肉体)は伊達じゃない。

「出てこい、この不良品がぁぁ!!」

 先生は全身のバネを使って、絵画を引っこ抜いた。

 ズボォッ!

 まるで大根でも抜くような音と共に、絵画が外の世界へと転がり出た。

 先生はそれを地面に放り投げ、荒い息を吐いた。

「ふぅ……。危うく箱ごと溶けるところだったぜ」

 先生がグローブを外すと、その分厚い革からは煙が上がっていた。

鑑定

 地面に転がったキャンバスは、まだジリジリと熱を発している。

 櫻子先輩が、日傘を差して優雅に近づいてきた。

「ご苦労様、加藤ちゃん。……で、これが、ふるふる君が命がけで送ってきた『お土産』?」

「はい。宇多川先輩が描いた絵です。……クッキーを食べたあとに」

 俺がそう告げると、先輩の目の色が変わった。

 先輩は焦げた布を指先で弾き、キャンバスを露わにした。

 そこに描かれていたのは、あの混沌とした抽象画だ。

 だが、現実世界で見たときよりも、色彩が鮮やかで、そして「動いて」見えた。

 絵具の渦が、ゆっくりと回転している。

「……なるほどね」

 先輩は、まるで品定めをするように絵を覗き込んだ。

「純粋な魂のエネルギー(クッキー)を過剰摂取した人間が、その熱量を制御できずに吐き出した結果……。無意識に『あちら側の回路』を描いてしまったのね」

 先輩は、絵の中にある幾何学模様を指差した。

「これ、見て。ただの模様に見えるけど、この世界の『花』の構造と同じ配列になってる。だから、見る人の精神を引きずり込んで、養分にしようとするのよ。……一種の『人食い植物』みたいなものね」

「人食い……!」

 俺はぞっとした。なのはさんが危なかったわけだ。

「でも、傑作ね。純粋な『創造の爆発』だわ。毒はないけれど、熱量が凄まじい」

 先輩はうっとりと絵を眺めた後、パチンと指を鳴らした。

 すると、地面から数本の蔦が伸びてきて、キャンバスをがんじがらめに縛り上げた。

 絵の脈動が止まり、熱が冷めていく。

「とりあえず、私が封印ラッピングしておくわ。このまま置いておくと、園芸部が熱帯雨林になっちゃいそうだし」

 先輩は楽しそうに笑った。

 加藤先生も、BBQグローブをパンパンと叩いて笑った。

「やれやれ。次からは『冷凍便』で頼むぜ、少年」

 俺はその場にへたり込んだ。

 とりあえず、危機は去った。

 宇多川先輩の絵は、しかるべき場所(園芸部の倉庫?)に収まることになったようだ。

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