第103章:お盆の来客と、母の説教
8月13日、再びの帰還
廃トンネルでの遭難騒ぎから数日後。 世間はお盆休みに入っていた。
「ただいまー! いやぁ、今年のキュウリ(精霊馬)は足が速かったわ!」
古田家のリビングに、今年も元気な声が響いた。 登山リュックを背負った母さん(幽霊)の帰還だ。
「おかえり、母さん」
「あなたー! 帰ったわよー!」
父さんには見えていないが、気配を感じるのか、父さんもニコニコしている。 俺は仏壇に線香をあげ、今年も母さんを迎えた。
ピンポーン。
その時、玄関のチャイムが鳴った。
「はーい」
俺が出ていくと、そこには綿貫なのはさんが立っていた。 手には風呂敷包みを持っている。
「古田くん! 体調どう? トンネルで濡れたから、風邪ひいてないか心配で……」
「あ、なのはさん。平気だよ。元気元気」
なのはさんは、少し頬を染めて、風呂敷を差し出した。
「これ、おはぎ作ったの。……お供えにどうかなって」
「えっ、わざわざ? ありがとう、父さんも喜ぶよ」
母の鋭い眼光
「あらあら、可愛いお客さんねぇ」
背後から、母さんがひょっこりと顔を出した(浮いている)。 なのはさんには見えていない。
「お邪魔します……」
なのはさんはリビングに通され、父さんに挨拶をして、おはぎを渡した。 父さんは「おお、降太の友達か! 気が利くなぁ!」と大喜びだ。
俺がお茶を淹れている間、なのはさんは父さんと談笑している。 その様子を、母さんがじっと見つめていた。
(……ふぅん)
母さんの目が、狩人のように鋭く細められた。 彼女は、なのはさんの全身から立ち上る「ピンク色のオーラ(恋心)」と、俺を見る時の「熱っぽい視線」を完全に見切っていた。
「……なるほどね」
母さんは腕を組み、空中で胡座をかいた。
玄関先での攻防
「じゃあ、私そろそろ帰るね」
「うん。送っていくよ」
俺はなのはさんを玄関まで送った。
「あ、あのね古田くん。……また、部活で会えるよね?」
「もちろん。夏休み明けもよろしくな」
「……うん!」
なのはさんは名残惜しそうに何度も振り返りながら、帰っていった。 その背中を見送って、俺が玄関のドアを閉めた瞬間だった。
「降太」
背後から、ドスの効いた声がした。
「うわっ! 母さん!?」
母さんが、仁王立ちで俺を見下ろしていた。 さっきまでの陽気な雰囲気はない。マジな顔だ。
「ちょっと、座りなさい」
幽霊からの説教
俺はリビングの床に正座させられた。
「あんた……あの娘のこと、どう思ってるの?」
「え? どうって……部活の仲間だし、友達だよ」
「嘘おっしゃい!」
母さんがカッと目を見開いた。
「あの娘の目を見れば分かるわよ! あんたにゾッコンじゃない! しかも、かなり健気で、一途な子よ!」
「……まあ、気持ちは、なんとなく知ってるけど」
俺は口籠った。 トンネルでの一件が脳裏をよぎる。
「『なんとなく』で流してるんじゃないわよ!」
母さんは俺のデコを指で弾いた(霊体だけど痛い)。
「いい? あんたには『お花の人(櫻子さん)』がいるんでしょ?」
「……うん」
「だったら、態度をハッキリさせなさい! あの娘の好意に甘えて、曖昧なままキープするなんて、男として一番ダサいことよ!」
母さんの言葉が、グサグサと胸に刺さる。
「あの娘はね、あんたが他の誰かを見てることに気づいてる。それでも、あんたの側にいようとしてるの。……その覚悟を、あんたの優柔不断さで踏みにじるんじゃないよ」
「……ごめん」
「私に謝ってどうするの。……優しさはね、時に残酷なのよ。本当にあの子を大切に思うなら、傷つけることを恐れずに、ちゃんと向き合いなさい」
母さんはため息をつき、そして少しだけ優しく笑った。
「あんたは父さんに似て優しいけど、そこだけは直しない。……女の子を泣かせたら、私が化けて出るからね(もう出てるけど)」
「……はい」
誓い
その夜。 俺は部屋で一人、考え込んでいた。 母さんの言う通りだ。 俺は、「仲間だから」という理由に逃げて、なのはさんの気持ちから目を逸らしていた。 それは、櫻子先輩に対しても、なのはさんに対しても不誠実だ。
「……ちゃんと、しなきゃな」
俺はスマホを取り出し、櫻子先輩のアプリを起動した。 画面の中の先輩は、浴衣姿で夕涼みをしていた。
『どうしたの? 難しい顔して』
「いえ……。ちょっと、母さんに怒られまして」
『ふふ。愛されてるわね』
先輩の笑顔を見る。 俺の心は決まっている。 だからこそ、なのはさんとの関係にも、いつかケジメをつけなければならない。
お盆の夜。 迎え火の煙の向こうで、母さんが「しっかりやりなさいよ」とウインクした気がした。




