不運!突然のデッドボール
一日一善。それが俺、古田降太のモットーだ。
今日も昼休み。学級委員の女子が配膳室に給食の食缶を返しに行くのを手伝おうとして、ちょっと派手に廊下を走ってしまったのが運の尽きだった。
ガラガラと食缶の台車を押し、曲がり角を曲がろうとした、その瞬間。
――ガツン!
視界が白く弾け、体が宙に浮く。
運動場(校庭)の方向から、猛スピードで飛んできた硬い何かが、廊下の窓ガラスを割るかのように、俺の頭に強烈に激突した。
ああ、これ、野球部のファールボールだ。硬球だ。まずい、意識が……。
「――ってぇ!」
激痛と共に全身が地面に叩きつけられる。
幸い、骨は折れていない。だが、俺は制服のズボンの埃を払いながら、周囲を見て首を傾げた。
「ここ、どこだ?」
さっきまでいたはずの、ピカピカに磨かれた廊下ではない。
床は歩くたびにギシギシと頼りない音を立てる木造で、壁の塗装は剥げ落ち、古びた学校特有の匂いがする。窓の外は、まるで絵画のように濃い霧で真っ白だ。
旧校舎? うちの中学に、こんな古びた場所あったか?
不思議に思いながら廊下を進むと、突き当たりに一つの教室があった。
その教室の扉、壁、窓ガラス全てが、色とりどりの**付箋**でびっしりと覆われている。
ピンク、黄色、青、緑。その光景の異様さに足が止まるが、書かれている文字はどれも温かいものばかりだった。
『ありがとう』
『大好きだよ』
『忘れないよ』
そして、付箋の隙間から、古びたプレートの文字が見えた。
「……園芸部?」
まるで何かに招かれるように、俺は付箋だらけの引き戸に手をかけた。
ガララッ、と乾いた音が響く。
瞬間に飛び込んできたのは、芳醇で濃密な花の香りだった。
そこは、まるで温室のようにむせ返るほどの花の香りに満ちていた。窓ガラスには分厚い霧が張り付いて外は見えない。壁一面には、無数の付箋やスケッチが雑然と貼られている。どう見ても、ここは俺たちの学校ではない。
その部屋の中央。
色とりどりの花が咲き乱れるプランターに囲まれて、一人の少女が立っていた。
黒髪が腰まで伸びた、驚くほど整った顔立ちの美少女だ。俺の学校の制服を着ているが、どこか現実離れした雰囲気を持っている。
「あ、すみません!ここはどこですか?」
俺が慌てて尋ねると、彼女は振り返り、微笑んだ。その瞳は、何かを見透かしているように静かで、大人びていた。
「ここは園芸部よ。ようこそ、アクシデントに巻き込まれた迷子の男の子」
「園芸部……? 俺、頭を打って……」
「ええ、知ってるわ。君みたいな子がここへ来られるのは、強い衝撃を受けた瞬間、それも生死の境を彷徨うほどの危機を乗り越えた時が多いから」
美少女はそう言って、優しく自分の名前を告げた。
「私は西野園櫻子。この園芸部の部長よ」
櫻子先輩は、俺の頭のアクシデントの原因をまるで知っているかのように振る舞い、俺はますます混乱した。
だが、その混乱も、長くは続かなかった。
「……く、くしゅんっ!」
花の香りにやられたのか、俺は盛大なくしゃみをした。
その瞬間、世界がまた白く歪んだ。
次に目を開けたとき、俺は保健室のベッドに寝かされていた。頭の痛みは消えている。夢だったのか?
しかし、俺の制服には、花の香りが強烈に染み付いていた。
俺は急いで筆記用具を探し、リュックに入れていたメモ帳に、今のうちに覚えていることを乱雑に書き付けた。
「ファールボール、西野園櫻子、園芸部、古い校舎、くしゃみで戻る……」
その日の夜。
強烈な疲労感と共に、俺は意識を失うように眠りに落ちた。夢も見ず、ただ深い闇の中にいた。




