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全知の日

作者: TOMMY
掲載日:2026/01/19

一つの事象から、次に起こり得る出来事が予測でき、圧倒的な速度で少し先の未来を理解してしまう日がある。


私はそれを「全知の日」と呼んでいる。


その日は朝目覚めた瞬間から頭の中が透き通り、

目の前に広がる景色の意味が、手に取るようにわかる。


まるでデジャヴのように、すでに知っていたと感じられる。

もちろん、ぜんぶが当たるわけではない。


けれど不思議なことに、頭の中で描かれた想像の方が、現実の上位互換のように見える。


たとえば、友人が「最近忙しくてさ」と口にしたとき。

現実の会話はそのまま仕事の愚痴に流れていった。


だが頭の中では、私はもっと滑らかに、もっと核心を突いた言葉を返していた。


「本当はやめたいんだろう?」


冗談を交えながら核心を射抜くと、友人は目を丸くして

「なんで知ってるの?」

と驚き、そして笑う。


そんな完璧なやりとりが、映像のように頭の中に瞬時に用意される。


別の日には、

会議で誰がどの順番で発言し、

どこで空気が淀み、

誰の意見が採用されないかまで、

始まる前からわかってしまったことがある。


だから私は、その場で一言も発さなかった。

言えば流れが変わるとわかっていたし、

黙っていれば、想像通りに事は進むともわかっていた。


会議は予測通りに終わり、

同僚は「今日は静かだったね」と笑った。


私はうまく笑えなかった。

理解しすぎたせいで、

そこに参加していなかった気がしたからだ。


何でもお見通しになった気にさせる日。

それが全知の日だ。


……全知というほど、大げさなものでは、ないのかもしれないが。


しかし、その代償として翌日には必ず体調を崩す。

言葉が頭に入らないような痛みが、全知の日の後には訪れる。


私は思う。

制御不能な全知の日は祝福なのか、

それとも呪いなのか。


答えはいつも、

翌日の鈍い痛みだけが語ってくれる。

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