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全知の日

作者: TOMMY

一つの事象から、次に起こり得る出来事が予測でき、圧倒的な速度で少し先の未来を理解してしまう日がある。


私はそれを「全知の日」と呼んでいる。


その日は朝目覚めた瞬間から頭の中が透き通り、

目の前に広がる景色の意味が、手に取るようにわかる。


まるでデジャヴのように、すでに知っていたと感じられる。

もちろん、ぜんぶが当たるわけではない。


けれど不思議なことに、頭の中で描かれた想像の方が、現実の上位互換のように見える。


たとえば、友人が「最近忙しくてさ」と口にしたとき。

現実の会話はそのまま仕事の愚痴に流れていった。


だが頭の中では、私はもっと滑らかに、もっと核心を突いた言葉を返していた。


「本当はやめたいんだろう?」


冗談を交えながら核心を射抜くと、友人は目を丸くして

「なんで知ってるの?」

と驚き、そして笑う。


そんな完璧なやりとりが、映像のように頭の中に瞬時に用意される。


別の日には、

会議で誰がどの順番で発言し、

どこで空気が淀み、

誰の意見が採用されないかまで、

始まる前からわかってしまったことがある。


だから私は、その場で一言も発さなかった。

言えば流れが変わるとわかっていたし、

黙っていれば、想像通りに事は進むともわかっていた。


会議は予測通りに終わり、

同僚は「今日は静かだったね」と笑った。


私はうまく笑えなかった。

理解しすぎたせいで、

そこに参加していなかった気がしたからだ。


何でもお見通しになった気にさせる日。

それが全知の日だ。


……全知というほど、大げさなものでは、ないのかもしれないが。


しかし、その代償として翌日には必ず体調を崩す。

言葉が頭に入らないような痛みが、全知の日の後には訪れる。


私は思う。

制御不能な全知の日は祝福なのか、

それとも呪いなのか。


答えはいつも、

翌日の鈍い痛みだけが語ってくれる。

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