欲しがり妹に慈圧マウントして、涙目で『もういりません』と言わせてみた
数ある中からこのお話を選んでいただき感謝でいっぱいです!
「ミレイユ、あなた⋯⋯もしかしてルーク様のことが好きなの?」
問いかけた瞬間、私の中で希望が絶望に飲み込まれそうになる。
私はその希望をすくい出す。
お願い⋯⋯違うと言って。
けれど、妹は肩の力を抜き、腕組みを解くとまるで勝者のように手のひらをこちらに向けた。
そのルビー色の瞳が、悪戯っぽくきらりと輝く。
「あーら、お姉さま。ルーク様はお姉さまに全っ然お似合いじゃありませんわ」
瞬間、希望は深い闇に飲み込まれた。
まさかあのミレイユが、こんな、あけすけな言葉を口にするなんて。
「ルーク様は口説き文句が一流ですから」
怒りよりも先に込み上げたのは、信じたくない、という切実な願い。これはただの嫉妬や、子供のわがまま、なんかじゃない。
私の中の小さな警鐘が、鈍く、重く、鳴り響く。
“本当に、そういう側の人間なの⋯⋯?”
私はずっと、妹を可愛い存在だと信じていた。天真爛漫で、甘えん坊で、時には生意気で⋯⋯それでも憎めない妹。
そんなはずがない。
私の大切なものにためらいなく手を伸ばしてくるなんて。
「あれで心を揺らさない令嬢はいませんわ」
私は深く、長く呼吸。
胸の奥に湧き上がる気持ちを必死で押し込んだ。
ミレイユが本当に好きなら、私は引き下がろう。彼女には幸せになってほしい。
「⋯⋯分かったわ」
そう作り笑いを向けた。
だけど──。
これが、すべての始まりだった。
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「服はどこかしら?」
今度は服がない。この前のやり取りが頭に鮮明に思い出される。
深呼吸。
一度落ち着けたはずなのに。
「ミレイユ!」
私の呼ぶ声にすかさずやってくるミレイユ。
「あら、お姉さま。呼びました?」
よく響く澄んだ高らかな声で、私に聞いてくる。
私は指をさす。ミレイユはがらんと空いたワードローブを興味なさそうに見る。少し怖い目をしてみせると、ミレイユは瞬きをした。
「私の服が無いんだけど」
声が上ずってしまう。私は平然を装い、口をぎゅっと閉じると胸を張った。
「当たり前ですわ。私が盗りました」
一瞬、開いた口がふさがらなかった。
心のどこかで、ほんの少しだけ、夢だったらいいのに、と思ってしまう私は、どこまで甘いんだろう。
ちゃんと言わなきゃ⋯⋯。
私は姿勢を正し、一歩だけ彼女に近づく。
「服が無くなったら困るでしょう?
私、着る服がないのよ。何でも良いからあなたの服、貸してもらえる?」
ミレイユは得意げに笑みを向ける。
「まぁお姉さま、私がお姉さまに服を貸すと思いました?」
えっ、この流れまずいのでは?
「まさか」
私を見るその目は──。
「私のお古なんか1枚も貸してあげませんわ。私がお姉さまに“ぴったり”の服を選んで差し上げます」
背筋を冷たいものが這い上がる。私は嫌な予感しかしなかった。ミレイユはくるりと向き直して、部屋を出ていった。
10分後、ドレスが到着。
異様に早すぎる。もしかして、既製品?
レースだらけ、重くて、締めつけがきつそうなドレス。
1着、2着⋯⋯次々と届く“選ばれしドレスたち”。それらは私の趣味と真逆。ワードローブには、ミレイユ厳選の服がずらりと並び始めた。
私はただ、呆然とそれらを見つめるしかなかった。
ミレイユは、私が嫌いなのかしら?
胸の内にじっとりと広がる、冷たくて重たい疑念。
『違う』と言ってくれるのなら、私はどんなに救われるだろう。けれどその言葉は、どこからも聞こえてこなかった。
───────────────
「靴が無いわ」
ワードローブの下の引出しに入っていた靴が1足も残っていない。不安定な気持ちを無視するように彼女を呼ぶ。
「ミレイユ!」
いつも生き生きとしているミレイユが颯爽とやってきた。輝く髪の毛を振りながら、豪華なドレスに身を包んで、足元は新品の靴。
「お姉さま、呼びました?」
ミレイユは清々しいほどの笑顔をみせて、私の言葉を待つ。その無邪気さに今の私は胸が痛い。
「私の靴はどこへやったの?」
自分でも思っていた以上に低い声が出て驚いた。
「私が頂きました。あれはお姉さまが持っていて良いものではありません」
まるで当然のことのように言い切る。甘い考えだと分かっているが、何かの勘違いだと思いたい。
するとミレイユは私の目をじっと覗き込んでくる。
「だんまりして、シンデレラみたいな“運命の出会い”をした特別な思い入れでも?」
そう言いながらも、ミレイユの顔には『まさか、そんなことないでしょ』と書いてある。
「そんなことは、ないわ」
何も言い返せない。
悔しさと悲しさが渦を巻きまじめる。
そこに現れたお母様。私より早くミレイユは天使のような朗らかな笑顔でお母様へ甘い声を出す。
「お母さま、お姉さまの靴は私がもらってもいいでしょう?」
お母様は私をちらりと見る。その後ミレイユと同じ顔をした。
「えぇ、良いわよ。セラフィ、それで良いですね」
出そうとしていた言葉を、私はぐっと飲み込んだ。嬉しそうに出ていくミレイユ。
そっと私に近づき頬を優しく手で包むお母様。その顔には罪悪感の見える悲しい笑顔。
「ミレイユのこと、分かってあげてね。あの子も不器用なところがあるから」
「⋯⋯分かっています」
心の中に何か重たいものがずしんと沈んだ。
パタンと静かに閉じた扉。
私はただ扉を見つめるしかなかった。
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目の前にはお母様とお父様がいる。
そして隣にはミレイユ。
公爵家にしてはこじんまりと机を囲んだ家族会議。両親から言われた言葉が理解できなくで、私は言葉を探していた。
「私が第2王子のユーリス様のお妃候補?」
「セラフィ、ユーリス様も18歳だ。他にも歳が近い公爵家の令嬢方も候補になっているみたいだから、気負いしなくていい」
お父様からそう告げられると、その言葉はようやく事実なんだと胸に言葉を染み込ませ始める。
隣に座るミレイユは不自然なほど、にこにこと上機嫌。
「素晴らしいわ。お姉さまはすぐに準備をしないとですわね」
さっと立ち上がるミレイユ。
今度は何をする気なの?
私と目が合うとそれはもうねっとりとした笑顔に、背筋がぞくっとした。
話が終わると、危険を感じて足早に部屋へと帰り始める。ゆっくりしているとミレイユに捕まってしまうわ。部屋を出ると、私は走り始めた。
だが、ミレイユの従者はすぐに追いつく。いた。両腕を捕まった私は足に力が入らなかった。
胸の奥に刺さった小さな棘が、少しずつ私の心を蝕んでいくようだった
私の声は誰にも届かないのね⋯⋯。
私は洗面所兼お風呂へ連れて行かれた。
そしてドンと肩を押されてよろめく。
見かけない顔。
ミレイユの新入りの侍女かしら?
その侍女は手に持っていたバケツで私の頭の上から水を思いっ切りかけた。
「セラフィーナ様は、惨めな姿がお似合いですね」
頭から水びだしになり私は膝を挫く。
もう力が入らない。
「ミレイユは?」
「これはミレイユお嬢様が知らぬことです」
私は髪から滴る水に目を閉じた。濡れた水を掴むように握りしめた手は震えている。
その姿を見て私の侍女は慌てた。濡れた身体のままではいけないと、すぐに湯浴みへと移る。
ようやく温かい湯の中に浸かる。侍女はいつもと違うトリートメントを使っていようだけど、私は上の空。
視線を落として、私は顔を少しお湯の中に沈めた。
どうしてこんなことになったの?
ミレイユを妹として可愛がれば可愛がるほど、ルークの一件から始まった“クレクレ”に心が締め付けられて息ができない。
私は必死で我慢して顔を湯船の中へと沈めた。
こんなはずじゃなかった。
ミレイユとはいつからすれ違い始めたのかしら⋯⋯。
私の脳裏にあの日の光景が鮮明に蘇る。
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12歳の私と8歳のミレイユまで記憶は遡る。
「お姉さまっ」
私の腕を愛おしそうに掴んでくる愛らしいミレイユ。
私は慈しみを込めた眼差しを返す。その後ろには両親の姿。皆、下町ファッション。
今日は王都から馬車で揺られること8時間。
端から端まで歩いても1時間かからないほ
どの小さな町。
町の端に下り立った私たちは道にたくさん
の人が歩いているのに驚いていた。
この日を楽しみにしていた私の足取りは軽い。隣で腕を絡めるミレイユを優しい目で見つめた。
そして町の中心部の広間へと向かって歩く。だんだんとすれ違うのに気をつけないといけないほど、人が増えてくる。
お祭りの雰囲気は最高潮。
広間にはたくさんの出店が出ている。
行き交う人は手に棒のついた肉や飴、飲み物を持って賑わっている。
「わあ、すごい人ね」
「お姉さま、ここ、ルセル村では“灯の小市”というお祭りなんです。お姉さまは、手作りの品が大好きでしょう?」
ミレイユは近くに出ていた出店からガラス細工のネックレスを手にとって見せる。
それは私の瞳のように温かな琥珀色に光る小さな玉。
「お姉さまの瞳のようで綺麗ですね」
私に似ていると言っては品物を探してくれるミレイユ。それを見た私はじんわりと温かなものが流れ込んでくる。
ミレイユの横に立って同じように出店のネックレスを私は見始める。
するとあるネックレスが目に留まる。持ち上げて光に輝かせる。私は相好を大きく崩してミレイユに笑いかける。
これを見せたらミレイユは絶対に喜ぶわ。
「これはミレイユのルビーのような瞳にそっくり」
ミレイユは嬉しそうにネックレスと私を交互に見てくる。
渡してきたと勘違いして手を伸ばすミレイユにすぐにネックレスを引っ込めた。ミレイユは驚いた顔の後に悲しそうな顔。
「駄目よ。ミレイユの瞳みたいなネックレスは私がもらうの。そしたらいつでもミレイユに会えるでしょう?」
ミレイユの目は死んだ目の金魚から、空を自由に羽ばたく鳥の目のように生き生きとする。
私が大事そうに両手でルビー色のネックレスを握る。それを見たミレイユは自分の手の中に宝物があるように柔らか目線で眺める。
そして手の中にあった琥珀色のガラス玉のネックレスをお母さまにつけてとねだる。つけたネックレスを手に取って嬉しそうに見つめるミレイユ。
こっちまで幸せな気分になる。
「お姉さま、似合う?」
「えぇ、とっても」
私もネックレスを急いでつける。
ちょっと照れたようにミレイユに微笑みかけた。
「似合うかしら?」
「お姉さま、すごく似合いますわ」
あの時見たミレイユの瞳が誰よりも素敵で、鮮明に覚えていた。
今でも目をつぶれば脳裏にはっきりと現れる。
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今日はユーリス王子との初対面。
王城の庭園でのお茶会に、目の前にはユーリス王子。
ふわふわにカーブした上品な深みの黄金色の髪に芽吹き始めた新緑色の瞳。
それに対して、私は磨き上げられた陶器肌にそっと添えるような淡いプラチナブロンドの髪。髪飾りは新調された引出しに入っていた虹色の宝石がちりばめられている。
上品な空色のドレスは大流行のレースをふんだんにあしらわれている。足元はミレイユから貰ったシルクの靴。昨日走っても靴擦れしないほど、は着心地が良い。
でも、首元にはルビー色のガラス玉。
初めて顔を合わせたユーリス王子は、想像していたよりずっと優しくて、柔らかく笑った。
「弟のレオンが言ってたよ。“姉の話ばかりする変わった妹”だって」
学園に通っているミレイユがまさか私の話ばかりしていたなんて。私の中に溜まった黒い気持ちを引っ掻き回す。
「それでレオンはミレイユ嬢が気になったているみたいでさ、アタックしているけどのれんに腕押しで慌てているんだ」
そして、ユーリス王子はそんな妹と私を興味深そうに見つめてくる。
「孤児院にすべてを捧げる変わった公爵令嬢がいるって噂を随分前から聞いていたんだ」
まぁ、そんな話知らなかったわ。
「実はその時から気になって調べていたんだけど、まさかレオンの気になる人の姉だなんて思っていなくて、驚いたよ」
私も気になって調べられていたなんて驚きです。
「子どもたちの可愛さを1時間は息継ぎなしで話すんだよね?」
「1時間と言わず時間の許すまで話せます。あっ、今のは忘れて下さい」
私はそれを聞いて真っ赤になる。
「ふふっ、忘れられないな。もっと君の話、聞かせて?」
ユーリスは子猫を見るような優しい眼差しでこちらを見てくる。ユーリスの眼差しにむず痒かった。
そして目線を下へ向けると紅茶に映る素敵な公爵令嬢。私だけだったら、出来なかった完璧な令嬢の姿。
そうだわ。夢中になりすぎて私は身なりに何も気にしていなかったわ。
服はよれよれで、靴は古ぼけ、髪はキシキシ。
部屋のベッドはカチカチで、引出しはガタついたまま。お祖母様から頂いた趣のあるワードローブだけが部屋の中で奇妙に際立つ。
それをワードローブ以外はすべて公爵令嬢にふさわしいものへと新調された。
もしかして私のために⋯⋯?
変だと思っていた。
物にも部屋にも興味のなかった私は、ふかふかのベッドで気持ちの良い朝を迎える。
飾り立てられた私にうっとりとため息をつく侍女たち。
急に変わり始めた身の回りに首を傾げていたが、突然決まったユーリス王子との縁談のためと分かると腑に落ちる。
もしかしてミレイユの行動は、すべて私のためだったの?
すべての糸が一つに繋がる。私は眉間に皺を寄せて顔を下に向けた。
私はなんて勘違いをしてしまったのだろう。
ティーカップを強く握る。その中に残る紅茶には映る私の顔。
「私、ミレイユに対して大きな誤解をしていましたの」
ミレイユ、見ていなさい。私は決意して顔を上げると、ユーリスの方を見て微笑んだ。
「ユーリス様、私、ミレイユに慈圧マウントを取りますわ」
「慈圧って何⋯⋯!?」
初めて聞く言葉にユーリスは私の目の中を探るように見てくる。
心が温かさで満たされた私はミレイユのように生き生きとし始めた。
「ミレイユの愛より私の愛のほうが大きいことを分からせるんですわ」
慈圧それは愛のマウント。
私は得意げな笑みを向けた。
「ユーリス様、協力してくださるかしら?」
「もちろん。こんな面白い令嬢、君だけだよ」
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ミレイユにはユーリス王子の協力を得て、家に数日近寄らないでもらった。
そして数日後、ミレイユは屋敷に帰ってきた。
「お姉さまっ、お姉さま!」
ミレイユは私の姿を見るなり走ってきた。
「本当にごめんなさい!」
ミレイユは青白い顔で私に思い切り頭を下げた。
「あの女、私がお姉さまをいじめていると勘違いして、私がいない隙に水をかけるなんて⋯⋯。私にも頭から好きなだけ水をかけてください!」
侍女の件を知ったミレイユは、すでにその家ごと潰す勢いだった。
そこまで思ってくれるなら、私の言葉が届くかしら?
やっと私の心に希望が宿る。私はミレイユの手を優しく包んだ。するとミレイユはビクッと小さく震えた。
「私、ミレイユを誤解していたわ。でもとても悲しかったの」
勘違いだったとしても、私は言わずには居られなかった。
「ルーク様の話、私ミレイユに取られたと勘違いしていたの。確かに友人になりたてだったわ。でもこの先に描いた明るい将来が突然閉ざされた気がしたの」
ミレイユが影でルークのことを『公爵家の面汚し、歩く口説き文句製造機』と呼んでいることを彼女の侍女から聞いたことは内緒。
「そっそんな──」
顔を上げてこちらを見ると、ミレイユは捨てられた子猫のような目を向けてくる。
「でもね、ミレイユが人の気持ちも分からない、してはいけないことをする言葉の通じない人間なのかって思ったらもっと悲しくて。愕然としたわ」
「違う⋯⋯違うの」
ミレイユは頭を下げて首を左右に振っている。
「それからドレス。確かに古いものだったけれど、流行最先端の服に全部変えられて困ったわ。ルーク様のに続いてこれかって」
「それも⋯⋯」
口を挟もうとしたが、ミレイユは最後まで私の話を聞こうと葛藤している。
「その後の靴。あなたは良かれと思ってやってくれたのでしょう。でもまたか、って絶望したわ。お母様まであなたの味方だなんて、目の前が真っ暗になったの。正直悩んだわ」
「うっ、ごめんなさい」
ミレイユは涙を目にたくさん溜め始めた。
私も心の傷は癒えたわけじゃない。
私はその苦しさを吐露せずにはいられない。
「それでね、何かの間違いだって分かっていても、頭から水をかけられて心がポキリと折れそうになった」
ミレイユはハンカチで顔を隠し始めた。
肩を震わせて嗚咽が漏れる。
「ぅっ、ふぐっ、ごめんなさい」
全身を震わせ始める。
ハンカチを持つ手は力が込められ、しわくちゃになったハンカチを震える手で必死に掴んでいる。
「こんなつもりじゃなかったのに⋯⋯!」
ミレイユの嗚咽は止まらない。
その姿を見ているだけでも、心の声が聞こえてきそう。
『なんて馬鹿なことをしたのだろう』
『あらかじめお姉さまに確認しておけば』
『自分勝手な想いを押し付けてしまった』
私はミレイユが心から反省しているのを感じて、心が大きく揺さぶられる。
8歳の泣きじゃくるミレイユではない。
淑女として必死に涙を堪えるいじらしい姿に、私の心は揺れる。
あの時とは違うけど、ミレイユの心は変わっていないのかもしれない。嗚咽が止まらないミレイユを見つめながら、私はもう一度胸に期待を寄せた。
時間はゆっくりと過ぎていく。
ミレイユの震えが止まる頃には私の心の氷も溶けきっていた。泣き腫らした目で私を見てくるミレイユに私の慈愛心を大いにくすぐる。
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「さぁ、あなたの部屋へ行きましょう」
ミレイユはきょとんとしている、が私に背中を押されて部屋へと向かう。
扉をそっと開けると、部屋の中には私好みのカーテン。
「わっ、こっ、これは⋯⋯」
カーテンの刺繍は時間がなかったので以前作った花をあしらった。
すぐにカーテンを手に取ると、ミレイユは私の刺繍を見て興奮の様子。カーテンに触れているミレイユの指先は嬉しさのあまり震えている。
「これは初めてお姉さまが作った刺繍の習作!」
バレた。なんでそんなことを覚えているのかしら?
ミレイユは枕にあしらわれている青い鳥の刺繍をじっと見る。
「こっちは飼っていたフィヨルドの刺繍!」
こっちもバレた。なかなか手強いわね。
「引出しを開けて見て」
その言葉にぱっと反応したミレイユはすぐに引出しに手をかける。ミレイユは開くと何かを見つけて、大きく息を吸った。
「これは⋯⋯」
「さっき作り終わったハンカチ。汚れるかもだから予備も作ったわ」
ミレイユは目を潤ませている。
「お姉さまのカーテンに、枕に、それにハンカチまで」
ミレイユの喉はキュッと締まったのか、言葉がたどたどしい。
まだ終わらないわよ。
感極まっているミレイユに私はにこりと笑顔を向けた。
「小腹が空かない? マフィンを焼いたの。早速、ハンカチがいるわね」
その言葉にミレイユは握りしめたハンカチと私を交互に見ている。
「駄目です! こっ、これは観賞用なので、別のハンカチを用意します。お姉さま、待っていて下さい」
ミレイユは足元がふらふらしている。そんなミレイユを連れて外へ出る。
屋敷の庭園には、お願いしておいた侍女たちがティーパーティーの準備を仕上げてくれた。
可愛い食器に飾られたマフィンだち。
ミレイユは一口食べる。
味わっているのか、嬉しそうな顔をして頬に手を当てて目を閉じる。そして下を向く。少し身体が震えている。
「お姉さま、美味しいですわ!」
勢いよく上げた顔は私の瞳をすぐに捕らえる。
「このマフィンは永遠にとっておきたい。いつでもお姉さまの愛を感じたいわ」
頬を赤らめながら少し潤んだ瞳のミレイユ。まるで捨てられている子猫が心を開いたみたいで可愛い。私の慈愛心を大いにくすぐる。
スプーンに掬ったマフィンをミレイユの口に入れる。
「これから嫌と言うほど作ってあげるから、私の愛感じてくれるかしら?」
ミレイユは何か言いたそうな顔を向けながら立ち上がった。
「もうお姉さまの愛は伝わりましたわ」
「でもいろいろとしてくれたでしょう? これじゃあ割に合わないわ」
私はミレイユを座らせる。すると、頬に手を当ててミレイユを私は見つめる。目が合うと顔を赤くしてティーカップを握りしめるミレイユ。
「感謝しているわ、ミレイユ」
もう一口。
ミレイユの口にマフィンを入れる。私は立ち上がりミレイユに笑顔で迫る。
「私の方がお姉さまを好きな筈なのに……マフィンはとっておきたいのです」
ミレイユは頬を紅潮させて涙目になる。
私は笑顔でさらにミレイユに迫る。
「ミレイユ、あなたは私のかけがえのない妹よ」
ダメ押しのもう一口。
ミレイユの目はさらに涙が溜まった。
「お姉さま、もういりません⋯⋯」
震えているミレイユの肩に、私は優しく手を置いた。私は達成感に溢れていた。
──私の愛に勝てるわけないわ。
「妹はね、姉に勝てないものよ」
「悔しい⋯⋯でも胸がお姉さまの愛で苦しいわ」
私は両手を広げると目の前の愛おしいミレイユをぎゅっと抱きしめた。
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「セラフィ、ユーリス王子と会って一体何をしたんだ?」
お父様は唇から顔まで真っ青になっている。手には何か手紙のような物を持っているが、震えている。
その顔には絶望の2文字。
それを見たお母様がお父様から手紙を奪い取ると、黒い笑顔で私の前に差し出した。私は手紙を開けて中を読んだ。
「果し状?」
『私はセラフィーナ嬢、あなたを気に入りました。ぜひ生涯をかけて、私があなたに慈圧マウントを取りたいと思います。
と言いたいところですが、まずは婚約を前提にセラフィーナ嬢の事をもっと知りたいです。
気軽に王城へお越しください』
ミレイユは私の横から手紙の中身を一緒に覗き込んでいた。納得していないようで私の目を見つめてくる。
「じあつって、何!?」
「愛のマウントよ。ミレイユから“もういりません”を勝ち取った」
「勝ち取ったですって? そんなことありますけど、でも私の方がお姉さまのことを大好きですわ」
ミレイユはやっぱり負けたくないようだ。
「つまり、ユーリス様はセラフィを気に入ったってこと?」
お母様がそっと聞いてくる。
「その通りですわ!」
お母様の問いになぜか自信満々に答えるミレイユ。
「“気軽にお越しください”って言いながら、目はギラギラさせているはずです」
「ちょっと、ミレイユ!」
私は暴走機関車となった妹を止めるのに必死。顔が少し熱く感じるけれど、たぶん妹を止めるのに必死なだけ。
お父様はそれを聞くなり両手で顔を隠した。それから微動だにしない。
それを見たお母様は優しく笑う。
「アントンは感極まっているだけだから、大丈夫よ」
お母様の手が伸びてきた。そして私の手をそっと掴む。少し骨ばった手には苦労の跡を感じる。
「セラフィ、あなたはどう思う?」
「私は⋯⋯ちゃんとユーリス様に確認してまいりますわ」
胸が高鳴っているのは、家族と入れるのが嬉しいから、のはず。私はお母様の嬉しそうな顔を見ていると、手をしっかりと握られた。
「あなたらしいわね」
私は両親とミレイユを見て、心が熱くなった。
「皆、ありがとう」
───────────────
ガタゴトと揺れる馬車の行き先は王城。
馬車の中の私は向かいに座るミレイユを見ている。昔と変わらない笑顔に安心を感じる。
「それにしても、お姉さまと王城に来る日がやってくるとは思いませんでしたわ」
私は誰にも言えないがある思いがあった。だんだんとユーリスを知っていくと、なぜかミレイユと重なる。
私はミレイユを見ると真剣顔になった。
「ミレイユはレオン様のこと、どう思っているのかしら?」
「へっ?」
ミレイユは目を大きくしている。
「ミレイユはレオン様のこと、気になる?」
照れながら話し始めるミレイユ。私は今まであったミレイユとの沢山のことを思い出していた。誤解もあったけど、目の前で包み隠さず話してくれる姿が嬉しい。
嬉しそうにしたり、顔を赤らめたり忙しいミレイユ。
「でも、ふとした瞬間に隣にいてくれたら嬉しいのにって感じてしまいます」
「それは⋯⋯愛ね。私には分かるわ。あの手この手でレオン様はミレイユの気を引きたいのよ」
「ちょっと、お姉さま!」
ミレイユは赤い顔をして、ハンカチを慌てて取り出す。もちろん、私の刺繍入り。
これくらいの憎まれ口は許してほしいわ。
私は勝ち誇ったような顔をミレイユに向けた。
王城で馬車から下りた私はミレイユの腕に抱きついた。
「ミレイユ、これからもよろしくね」
「お姉さま、王城に行ってもずっと一緒ですわ」
今度は私がミレイユを笑顔にしたい。
もしかしたらユーリス様も⋯⋯?
ううん、あの瞳に映りたいなんて気の所為だわ。
「お姉さま、顔が赤いようですけど」
「私は大丈夫よ。本当に何も無いの」
「変なお姉さま」
王城へと入る。
私は彼女の背中をそっと見つめながら、これからもミレイユと笑い合っていきたいと、心から思った。
後日、ユーリス王子からの慈圧マウントがゆっくりと始まる。
それはセラフィ自身も気がついていなかった。
セラフィが嬉しそうに妹のミレイユの話をするのを、にこにこと聞くユーリス。
その心の中では、セラフィが喜ぶことを全部記憶していく。
見た目は天然坊っちゃん、中身はギラギラなユーリス。
時が経ってミレイユもユーリスの思惑に気が付き、お姉さま争奪戦と勘違いして参戦しようとする。
それを必死に止めるレオン。
王城は一層騒がしくなった。
一方、セラフィとミレイユの父は、なかなか帰ってこない2人に、がらんとした部屋。
母に「最近静かだね」と寂しそうに告げる。
母は「親は静かに見送るものよ」と言いながらも手にはアルバムを抱えている。
そして2人はアルバムを見て娘たちの成長を肌で感じているのだった。
最後までお読みいただきありがとうございました!
皆さまに楽しんでいただけたら幸いです。
(私も楽しく書かせていただきました)
また、誤字脱字がありましたらご連絡ください。いつも報告いただく方に感謝です!