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第五章

 入院して十日ほど経ったある日の午後、善三はいつものように天井を見つめながらぼんやりしていた。左腕は依然としてギプスで吊られ、寝返りも打てず、病院食も口にできないまま、祖母が買ってきてくれる菓子パンだけが命の糧だった。その日、祖母が「今日は誰か来るって言ってだよ」と言い残して帰っていった。誰だべ?と思っていた善三の胸が、突然高鳴った。もしや、秋実…?

 秋実は同じクラスの女の子で、善三が密かに想いを寄せていた存在だった。笑うと目が細くなって、声が少し高くて、体育のときに善三に「がんばれー」って言ってくれたことがあった。それだけで、善三は一週間眠れなかった。

 そしてその日、秋実が病室のドアをノックした。

「善三くん、見舞いさ来たよ〜」

 その声を聞いた瞬間、善三の心臓は跳ね上がった。だが、同時に善三の顔が青ざめた。実はその直前、善三はどうしても我慢できず、病室のポータブルトイレで大便を済ませたばかりだったのだ。看護師が来る前に、祖母が持ってきた古新聞でなんとか隠していたが、においは部屋中に充満していた。

「…あ、秋実が…うわっ…」

 秋実は一歩部屋に入ると、ふと鼻をひくつかせた。

「ん…なんが、くっせなぁ…」

 善三は顔を真っ赤にして、布団の中で身をよじった。だが左腕は吊られていて動けない。

「ご、ごめん…ちょっと…あの…」

 秋実は気まずそうに笑った。

「んだが、ちょっと用事思い出したじゃ。あとでまた来るはんで〜」

 そう言って、秋実はそそくさと病室を後にした。善三は天井を見つめながら、ぽつりとつぶやいた。

「…こいで、俺の初恋、終わったなぁ…」

 その夜、善三は菓子パンの代わりに祖母が持ってきたおにぎりを食べた。涙で塩味が増したような気がした。


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