君という名の花
好きな人に花を贈ると喜んでくれる。
ついでにどこかの国ではバレンタインは花を贈る日でもある。
だから。
Case 1 冬賀サッカー部キャプテンの場合
「あ、おはようございますキャプテ――」
「――……………………………………………………ああ、葛西。おはよう」
……なんでかおもいっきり間が空いたのはなんでだろう。
匠は思わず顔が強張った。
なにせまだ長いと呼ぶには短い付き合いながら、こういった反応はろくでもないことが起こる前触れだと身をもって知っている。
いやいやそれでも最初から疑うのもよくない。うん。
そう自己完結して気を取り直す。が。
「そういえば誠二見ませんでした?なんか珍しくどこにもいなくて――」
「――………………………………まだ会ってないよ。食堂にいるんじゃないか?」
…………なんか今、思いっきり本当は知ってます、って顔された気がするんだけど……。
ついでになんか思いっきり「にっこり」に拍車がかかってる気がするんだけど。
……なんとなく、なんとなく、なんとなく!
また誠二がなにか問題行動を起こしてると言われた気がしたんだけど。
「…………葛西」
「はい?」
「やはり俺が言うのもあれだが……………………いや、やっぱりなんでもない。それじゃ後でな」
「キャプテン?」
「うん……。まあ……うん。何か出来ることがあったら呼んでくれ。できるだけ協力はさせて貰う」
「はあ……」
いつもの笑顔のはずなのに。
なぜかすごく同情された挙句、がんばってくれ、と言われた気がした。
Case 2 冬賀サッカー部司令塔の場合。
「あ、おはようございます水上先――」
「――…………よお」
……渋沢先輩より間は空かなかったけど、やっぱりどこか変だ。
「あの、つかぬことを聞きますけど、誠二が何をやりました?」
「――……………………葛西」
「はい?」
……断定で聞いても間違ってないだろうと結論づけて尋ねれば、なんか珍しく溜息をつかれた。
「お前、本っ当にっ!あの馬鹿でいいのか?」
「――は?」
「いや、見てる分には頭痛えけど、とりあえず笑えるし?迷惑さえかかんなきゃ面白いとは思うぜ?でもあれがいいのか?マジで?」
「……えっと、あの、何を言われてるのか……」
「嫌でもわかるから安心しろ。んで回収しろ。全部。いいな?」
「――そういう端的なことばかり言われるとなんかすごく怖いんですけどっ!」
「……まあ諦めとけ」
……水上先輩、その意味深な溜息なんですか。
ついでになんで諦めとけっていうくせに、なんかいきなり開き直ったみたいに「にいっ」って笑うんですか。
――って、ちょっとそれでそのままどっか行かないでくださいよ!水上先輩!
Case 3。冬賀サッカー部一軍メンバーの場合。
「……ねえねえ、呼んでこなくていいの?あれ」
「いいんだよ、ネギっちゃん。遅かれ早かれ来るんだから。ついでに渋沢と水上がもう出ていったからすぐにくると思うけど?葛西、そういうとこ鋭いし」
根岸が朝ご飯を食べながら首を傾げる真向かいで、中西はいつもと変わらぬ顔でお茶を飲む。
「渋沢も水上も基本は甘いからなあ。口では何とでもいうけど。……それにしてもこの匂い、なんとかなんないか?せっかくのご飯が……」
今日の朝ご飯は寮内でも人気が高い和食メニュー。
鮭の塩焼きにはやっぱり緑茶でしょうと言いつつ、近藤がぼやく。
「………………諸悪の根元は高田と大森だ。報復メニューはたっぷり考えないと……」
「うん。とりあえず言ってることは前向きだけど、胃が痛いのは変わらないんだろ、辰巳。お前、何時までたってもそういうとこ変わらないよなあ」
「…………………………誰が寮母さんに謝ると思ってるんだ。監督やコーチの耳に入ったらまた俺が呼び出されて……」
「……お疲れ様です。とりあえず薬をどうぞ」
箸を持っているのに一向に減っていかない食事を前に呻く辰巳に、からからと近藤が笑った。
それを見かねたのか、間下が箸こそは止めないものの、そっと辰巳が愛用している胃薬を差し出す。
「あ、そういえばね高田と大森なら『悪い、今日はサボる!』って言ってたよー。『あんなに真に受けると思ってなかったんだ!恨むならあいつの非常識さを恨め!とにかく……とにかくごめんっ!』て言っといてって」
「……ネギっちゃん、いつ二人に会ったの?」
「え、中西がランニング行ってる時だよ。こんなに早く制服着て学校行こうとしてるからどうしたのって声かけたらそう言ってた」
「………………根岸……なんでそこで止めとかなかった」
「え、でも学校行けば会えるんだし、いいんじゃないの?」
「……ネギっちゃん。賭けてもいいけど、絶対会えないと思うよ」
「え、なんで?」
「……辰巳、諦めろ」
「……薬、飲むのが一番現実的で精神的にもいいと思いますが」
とりあえず。
机の一角をたくさんの花で埋もれさせて、それを渡す瞬間をにこにこにこにこ考えているらしい張本人、藤澤誠二のゆるみきった笑顔と、どこまでもどこまでも無駄に活用されるありとあらゆる手段を用いて集めた花――バラの匂いをどうにかして欲しいと思うのは、そんなやりとりを交わす一軍メンバーだけでないことを知って欲しいと、沈黙の応酬があちこちで繰り広げられていた。
そして。
Case4 当事者達の場合。
「……」
「あ、匠~vvハッピーバレンタインvって一日早いけど、今日がちょうどよかったから!はい、プレゼント!」
「……………………プレゼント…………」
「うん。カワイイでしょ?バラあつめるの、大変だったんだよー。知り合いのおっちゃんとかめちゃくちゃ声かけてさ。本当はもっといろんなのあげられればよかったんだけど、やっぱこのへんが限界で。 だから匂いだけでも!と思って一番香りが強いって種類ばっかにしたんだ~えへへ」
「…………キャプテン……水上先輩………………」
「ん?どしたの、匠。肩落として。大体、なんでここでキャプテンと水上先輩?」
「…………………………なんでもない。いや去年よりマシだしね。うん。あのチョコレートの山っていうかダムっていうか海っていうか……あれよりマシだもんね……」
「去年?あ、あれか!うん。だから反省して花にしたの。高田先輩と大森先輩が教えてくれたんだ。外国って花贈る習慣あるんだって!いいよね、そういうの」
「……………………そう」
「うん!…………匠、嬉しい?」
「………………………………なあ誠二」
「ん?」
「俺思うんだけど。多分、人が殺意を覚えるときってこういう時だと思うんだよな」
「何の話してんの?」
「………………わかんなきゃいい。とりあえず……まあやっぱり量が多すぎで最悪だけど」
「え!!……こ、今年もだめだった!?これけっこういけてると思ったんだけど!」
「……限度考えて、その頭に常識詰め直してこい!」
「いいと……思うんだけどなー。………………駄目?」
「…………だ……駄目とかそういんじゃなくて……」
「そりゃ匠は花なんかよりずっと綺麗だし、可愛いから、こんなにいらなかったかもだけど。でもほら俺の気持ち!っていうかそういうの形にしたかったんだ」
「………………」
「…………匠?」
「………………………………」
とりあえず。
コントのような、でもいつだって全力投球な冬賀のエースストライカーと、目立たない常識人だと本気で思っている、そのくせ猫目な眦を真っ赤に染め上げたディフェンダーの姿に、「……結局どーなっても、毎年真っ赤になる後輩の姿を見るのは間違いないんだよな」と誰かが小さく呟いた。