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第4話『メインキャラみたいな』

 俺が死んだあと、マヒロはどうなるんだろうか。

 物語の巡回任務につきながら、家で待っているはずのマヒロを思う。

 もちろんエンディングまで行けば帰れる。けれどエンディングまでの間は?

 俺が死んでも、家の皆はマヒロの面倒をきっと見てくれるだろう。もう完全に家に馴染んでいて、家族みたいになっていたから。

(でも……マヒロは家を出ていくだろうなぁ)

 俺を救えなかったのに、という罪悪感を一人抱えて、邪竜復活で治安が悪化するだろう街をさまようかもしれない。

 いや、かもしれないではない。さまようのが目に見える。

 どこまでも真面目で責任感があるところすら可愛いけれど、そんな危険な目にはあってほしくない。


「団長、お願いがあります」

「ゲイル? どうした、改まって。お前らしくないな」

 鋭い目がこちらを見た。

 オールバックにされた藍色の髪と金の目。壮観な顔立ちに俺よりも高い身長に広い肩幅。剣術の腕も、家柄も、カリスマ性もすべてが上のこの人物こそ、攻略対象の一人の騎士団長アーガイル=ヴェンデス。

 出来ればこの人に頼みたくなかった。なにせマヒロはミーハーだ。そして野性的な美形が好きっぽい。

(俺が覚えてるだけでも団長ルートが最多だもんなぁ)

 よほど好きなんだろう。嫉妬すら起きない……いや、嘘。めちゃくちゃ嫉妬してる。

 今だって、マヒロの隣に団長が立っているのを想像するだけでイライラする。

 けれど、この人ほど信頼できる人はいない。攻略対象だから死なないのもあるし、権力や実力もあるし、人格も信頼している。

「実は今、家でマヒロという女性を保護してるんです」

「……ああ」

 団長はかすかに眉間にシワを寄せた。

 直接団長に会わせたことはないが、騎士団内ではもう有名な話なので聞いたことはあるのだろう。だから、俺の次の言葉も察しが付くはず。

「よろしくお願いします」

 俺達は国を、人々を守る騎士だ。いつ死ぬかわからない。

 さらに言えばもう物語ゲームは進んでいる。世界には各地で異変が起きていて、皆普通に過ごしながらも不安を抱いている。だから俺がこんなことを言い出すのも不自然ではない。

 ただ団長は、俺が漠然とした不安を抱いたわけじゃないことに気づいたはずだ。何気に付き合いは長い……というのも設定なはずなのに、信じているのだから不思議だ。

 ああゲームとか現実とかってなんなのだろう。もう分からないや。

「ゲイル」

 静かに名前を呼ばれて姿勢を正す。これは了承の意だ。

 安心すると同時に、やっぱり嫉妬する。どうせ別れが決まっているなら、この世界が終わる最後の瞬間までそばにいたいのに、そばにいる資格がない俺と違って、団長は最後までいることができるのだ。

 これ以上ここにいたら嫉妬に狂いそうだったので背を向ける。

「……最後まで戦え」

 静かに響いた声に驚いて「! 団長?」と振り返ると、いつも鋭い金の瞳が俺の本心を貫く。

「団長命令だ」

 言いたいことだけ言った団長がまた書類へ目を落とした。

 俺は何を言えば良いのか分からなくなって、いつものように髪をガシガシとかき混ぜた。

(ほんと、だからこの人に俺は勝てないんだ)

 嫌味なほどに完璧な上司に、敬礼してから背を向けた。

 

* *


「ふぅ。少しは街から離せたかな」

 息を吐き出す。周囲は騒がしい。邪竜が雄叫びを上げている。

 邪竜の出現場所は、必ず街と決まっているが、そこから多少誘導することが出来る。

(ここならマヒロたちは大丈夫だろう)

 絶対、とは言い切れない上に街から離したせいで味方は誰もいない。

「ちょっとはメインキャラみたいな格好いいことできたか?」

 笑いながら顔を上げ、思い切り地面を蹴る。硬く太く重たい邪竜の尾が地面に突き刺さる。

 あれに押しつぶされて死んだこともあった。

「くっそ。恨みますよ、団長」

 さっきので死んでも良かった。むしろさっきので死んでいれば一瞬で苦しみなどなかっただろう。

 足掻けば足掻くほど、死が苦しくなることを知っている。

「はぁあああああ!」

 剣気を纏って斬りつけるも、鱗が一枚剥がれ落ちるだけ。まったく嫌になる。

 普通の剣よりは質がいいものを使っている。実力だって一応副団長だ。一般兵よりは全然強い。

 けれどどれだけ頑張っても、団長や主人公には及ばない。それが俺だ。物語で出番があっても、大活躍はできないモブキャラに過ぎない。

「はぁっはぁっはぁ……チッ、どこ行くつもりだよ」

 剣を構える。

 邪竜が俺から興味をなくすように街へと向かおうとしていた。行かせられるわけがない。そこにはマヒロがいる。

 だったら死ぬべきだ。死ねばきっと主人公が来る……来るはずた。

「だぁああああああ!」

 魔法を放って意識をそらしつつまた向かっていく。

(本当にあいつは来るのか? そもそもプレイヤーのマヒロがいるのにあいつってなんなんだ?)

 プレイヤーのマヒロとは別に存在する主人公。明らかにゲーム慣れた動きで、アクションも上手い。絶対マヒロじゃない。

(マヒロだったらパターン掴んだ! 的なところで油断して致命的な一撃食らうからなぁ)

 戦っている最中なのにそんなことを思い出してフッと笑った。しゃがんだ上を爪が通り過ぎる。

(そうだ。あいつの動きを思い出せ。邪竜はあいつが倒すんだ。ならその動きを真似れば――)

 幸い、マヒロのお陰でステータスはいつになく上がっている。集中すればもう少し時間は稼げるだろう。時間を稼いで、団長やあいつが来たら邪竜は逃げる。

 問題は、俺の集中力があまりないということくらいか。

「集中力も鍛えておくべきだったかもな」

 今更後悔したところで無意味だが、必死に攻撃を避けつつ、反撃して邪竜の意識を引き寄せる。

 鎧は溶けて砕けた。

 剣はところどころ欠けている。

 身体のあちこちにやけどを負い、擦り傷切り傷だってどこにあるのか把握できないくらいにある。

 握力ももはやなく、ちぎれたマントの歯切れで右手にくくりつけた。

 肺も焼けたのか、呼吸が苦しい。

 痛みがない場所などなく、膝も震えていて今にも座り込んでしまいそうだった。

 今まで何度も繰り返してきた中で、一番苦しいと自信を持って言える。

 もっと早くに諦めていたら、こんなに苦しむことなく死ねただろう。

(ハハ、ほんと団長、うらみます……いや、違うか)

 こんなに苦しくても望んでいるものがあった。だって俺の理性はプッツンと切れているから。

(こんな状況になっても、君のご褒美が欲しいって言ったら、怒られるかな?)

 よく頑張ったねと、頭を撫でられるだけでもいい。

 名前を呼んでくれるだけでも良い。

 笑ってくれるだけでも良い。

(出来ればキス以上をしてくれたら、すっげぇやる気になるんだけどな)

 ごぽごほと咳き込めば、鉄の味がした。やっぱり駄目だ。今の俺に触れたらマヒロが汚れる。

(マヒロ)

 空を見上げる。そこには邪竜がいる。雑魚に思いの外手こずって、苛立った様子の邪竜がいる。当然、画面の向こうのプレイヤーは見えない。

 せめていつも聞こえていたマヒロの声が聞こえないかと思うけれど、聞こえるはずもない。

(マヒロ)

 邪竜がこちらへと一直線に向かってくる。素早い動きは避けられそうにない。

 もはや黒い塊となった邪竜を見ながら、のどを動かした。血のお陰で潤った喉が、音を出す。

「好きだよ」

 聞こえないマヒロの声の代わりに自分の声を聞いて俺は死


「だからっ、死なんといてって言うたやろ!」


 聞こえた声に、体が動いた。

「うぐぅっ」

 邪竜の巨体を避けるのは簡単ではない。

 硬い鱗がかすって腹を裂いた。それでもたしかなことは、即死ではなかったこと。もうすぐ死ぬのは間違いなくても『まだ』死んでない。

「魔法隊、撃て!」

 聞き慣れた、安心できすぎる上司の声と同時に爆発音が聞こえる。多数の人間の気配。

 けど、そんなのは問題じゃない。

「ゲイル!」

 よりによって、あいつに横抱きにされたマヒロが見えた。こんな状況なのに嫉妬で狂いそうだ。

「マ、ひろ」

「ゲイルっ、ゲイル!」

 地面に下ろされたマヒロが駆け寄ってきた。身体が抱き起こされる。間近で見えたマヒロはまさしく泣く寸前という顔で、やっぱり可愛い。

「俺、がんばった、よ」

「! うんっ、うん……待って、今、傷を」

「ごほーび、ちょぅだ、い?」

「こんな時まで何言ってんの」

 マヒロが怒った。可愛い。こんな時だからだよ、と言ってあげたかったのに、上手く口が動かない。

「ぁ、がはぁっ、」

「わかった! ご褒美あげるから。なんでもあげるから、もうちょっとだけ、待って」

 なんとも嬉しい返事をもらえた。なのにマヒロが見えない。俺が死ぬ時、どんな顔をしてくれていたのか知りたいのに、見えない。

「ッ――! ――」

 声すら聞こえなくなって、それが残念だなと思いながら俺は目を閉じた。

ご褒美もらえるくらい、がんばったと思うんだ。

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