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第3話『初めての』

 マヒロはそれからというもの、俺になるべくくっついて行動するようになった。可愛い。

「ここの訓練人形が他の人形よりステ上昇率高いんです!」

 現実で得たゲーム知識(バグ・チート技含む)を使って、俺の強化をするためなのだが、知識を披露するドヤ顔が可愛い。チューしたい。

(やばい。幸せすぎて、エンディングまで耐えれるかな俺)

 物語に関係ない自由時間。マヒロが見ているので真剣に訓練に挑むけれど、気を抜くと抱き寄せてキスしたくなるのが悩みだ。

「次は屋根上レース! 一定秒数以内にゴールできたら素早さにボーナスが入ります!」

「へえ……そういや屋根の上飛び跳ねてたっけ。あれそれだったんだ?」

「え? み、見てらっしゃったんですか?」

「うん。時折ショートカットミスって落ちてるのもしっかり見」

「そっ! そういう時も人にはあるやんか! しゃあないの!」

 慌てると訛るの本当に可愛い。

「あー、でもちゃんとしたコース知らないから、教えてよ」

「そうですよね! えっとですね、あそこの屋根から始まって」

「ここからじゃ分からないからさ。一緒に行こう」

「一緒にって、えっ? わぁあああっちょ!」

 ひょいっと抱えて屋根の上に駆け上がる。ぎゅうっとしがみつかれた。可愛い。

「わぁあああっ高い高い高い」

「え? マヒロ、高いところ駄目なの? いつもぴょんぴょんしてるのに」

「だだ、だってゲームやもん!」

 涙目になって必死にしがみついている可愛い姿にくすりと笑って「ここもゲームだよ」と言えば、「でも、だって」とマヒロはそれだけを繰り返す。

「大丈夫だよ。絶対に落とさないから」

 落とすわけがない。こんな幸せを。

 なだめるようにぽんぽんと背中を叩けば「ほんまに?」などとこちらを見上げてこられて、理性が飛びかけた。

「ね、マヒロ。落とさずに、ハイスコア出せたらご褒美ちょうだい?」

 いや、そんなことを言い出したのだから理性は飛んでいた。

「分かった。分かったから早く、早く! ……終わらせて」

 涙目でとんでもない発言(本人に意図がないことはわかってるけど)されて、ブツリと完全に理性が吹き飛ぶ音が聞こえた気がした。

 ちなみにレースは……ぶっちぎりでハイスコアを叩き出した。


「ズルや! ショトカコース知っとったやん」

 ご褒美をもらおうと内容を告げたら、マヒロはそう叫んで無効を言い出した。

「いや? 俺はただマヒロの意識の先を走っただけだよ」

 嘘じゃない。彼女が何か言う前に意識が向かった先へ飛んだだけ。

「俺、割と嘘つきだけど君に嘘はつかないよ」

 と言えば「うちは10回に1回しか成功しないのに……」と悔しそうに唸った。可愛い。

(俺が知ってる限り、10回というか15~20回に1回だった気がするけど……サバ読むのも可愛いな)

 何回も途中で屋根から落ちてしまい、苛立ったように無駄にぴょんぴょん跳ねていたのを『失敗したんだなぁ』と眺めていたのでよく覚えている。

 嘘すら可愛いのは反則ではないだろうか。

「ということで、ご褒美良いよね?」

「ひゃうっ」

 改めて話を戻す。

 マヒロは話題を変えてごまかそうとしていたみたいだけど、あいにくと俺はもう理性が吹き飛んでいる。会話が楽しいからしているけれど、実行するまで諦める気はない。

 ご褒美の内容は

『君にチューしたい』

『はっ? ちゅ! き、キッ、え?』

 真っ赤になってチューをキスと言い直そうとして、それすら恥ずかしくて言えなかったマヒロはやっぱり可愛かった。

(一応これで中身は30代で俺より年上って……反則だなぁ)

 抵抗しようとして、けれどたしかに自分で言ったことだしとウンウン悩んでいる姿も可愛かったし、最終的に気合い入れて目を瞑ったのも可愛い。

 緊張で体をカチコチにさせたマヒロの……額に唇を押し付けた。


「……へ?」

 目を瞑っていたマヒロは、驚いたように目を開けて、まだ顔を近づけていた俺と目が合った。

「なに? どんなチューを想像したの?」

 にやっと笑う。

「……ゲイル!」

 色々文句言いたいのに上手く言えなくて、名前だけを叫ぶマヒロはやっぱり可愛い。

 とにかく

(初呼び捨てだ)


* *


 理性が飛んだ俺は、事あるごとにチューのご褒美をねだった。


 マヒロの持ってきた訓練が上手く行った時。

 物語の進行で格好良くできた時。

 普段の訓練でステータスが上昇した時。

 嫌いな食べ物を食べた時。

 朝ちゃんと起きた時。

 とりあえず何か頑張った時。


 まぶたに。眉間に。目尻に。鼻に。頬に。耳に。指に。顎に。


「マヒロ、髪伸びたね」

 まだ肩を越えないけれど、少し結えるくらいになった黒髪に触れる。家でしっかりケアさせているので艷やかで、引っ掛かりがまったくない。

「短いのも似合ってたのに」

「けど、こっちの世界じゃ変やし」

 マヒロは大分口調が砕けていた。自分でも髪を軽くつまんでどこか居心地悪そうにしている。ああ、可愛い。

 たしかにこのゲーム世界において、女性があそこまで髪を短くするのは目立つ。それもあまり良い意味ではなく、髪を売らなければいけないような身分。もしくは多大な借金を抱えているなど、つまりは厄介者。

 俺個人としてはマヒロが好きならそれでいいけど、マヒロは気にするだろう。俺達まで変な目で見られる、とか。

(変な目でマヒロが傷つくのも嫌だから、悩みどころだけど)

 長くなってきた髪も似合っているよと言おうとしたら、「それに……」と、マヒロが何かを言いかけた。見ればこちらをちらちらと見ながら、ぶつぶつ呟いている。

 体を屈めずに耳に意識を集中させる。

「あの人も、長かったし」

 普通ならば俺には聞こえないくらいの小声。けれどもマヒロのお陰で上がったステータスのおかげか。単なる愛か。聞こえてしまった言葉にニヤけてしまう。

 あの人、というのは数日前に会った俺の元恋人という設定の人物のことだろう。彼女は髪が長い。

(うーわ、なにそれめっちゃ可愛い。あの時もちょっと気にしてくれてるっぽくて可愛かったのに!

 なに、マヒロは俺を萌え死にさせたいの?)

 俺のために髪を伸ばそうとしてくれているマヒロは今日も可愛い。

「長いのも似合うよ。それにたしかに長いと助かるかも」

「助かる?」

 うん、と頷いて髪を一房掴み、ちゅっと口付ける。

「こうやって、いつでもチューしやすくなるから」

 長くなればもっとしやすいだろう。

「なっ! げ、ゲイル!」

「今日のご褒美」

「……今日は何もしとらんやんか」

 真っ赤になって、それでいて怒ろうとしている可愛いマヒロの頬にチューをする。

「そんなことないよ。だって今日も……生きてる」

 偉いでしょ?

 言うとマヒロは悔しそうに歯を食いしばった。茶色い瞳に涙が浮かぶけど、やっぱりマヒロは泣かない。

「うん、そうやね。偉いね、ゲイル」

 そして俺の額にキスしてくれた。


 俺が死ぬまであと五日。


幸せの終わりは近づく。

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