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第1話『声』

 俺はゲームのNPCだ。


 そんな事実に気づいたのは、一体何回何十回、何百回……何千回前のことだろうか。

 徐々に気づいたのではなく、唐突に知ったのだ。

 なぜなのかなんて分からない。そんなの俺が一番知りたい。というより、こんな残酷な事実など知らなくてよかった。

 なぜなら――

「ぐふっ、か! ぁ」

 身体に強い衝撃。

 全身が痛い。手に力が入らない。それでも必死に剣を両手で握りしめて、眼の前のそれを見上げる。

 それ……真っ黒な鱗を持った邪竜ドラヴァギオンを。

 邪竜が大きく口を開く。……ブレスだ。

(今回は焼死か……一瞬だからまだましかな)

 俺はそうしてブレスに包まれ、死んだ。


 俺はゲームのNPCだ。

 それも……物語終盤で必ず死ぬ役。


 このゲームは本格的なアクションロールプレイングゲームでありながらも、恋愛に関してもかなり力を入れて作られていて、攻略対象キャラも多数いる。攻略対象ならば生きられただろう。

 しかし残念ながら俺はその対象キャラではない。

(メインキャラじゃなくて、モブキャラクターだもんなぁ……役職も副団長ってなんだよ、中途半端な)

 顔立ちも役職も実力も、決して悪くはないがものすごくよくもない。それでいて物語上の出番はそこそこある。あるがゆえに、最後の山場を盛り上げるために死ぬのだ。

 死ぬことによってプレイヤーが感情移入できる程度には、序盤から関わっているから。


「やってらんねぇ」

 そう思ってしまうのは仕方ないだろう。

 一生懸命国を、人々を守ろうとしてきたのに、それらはゲームで決められていて、俺が守ろうがどうしようが変わらない。自分の命も変わらない。

 かといってゲームのNPCに過ぎない俺は、どうやら自害することを禁じられているみたいで何度試してみても無理だった。死なないように体が動く。

 物語上、必須の出番がある時も勝手に体が動く。

 何もかもが適当になった。そんな自分に周囲の仲間や上司は奇妙な顔をした……気がする。けどきっと気の所為だ。

 だって俺達はゲームのキャラに過ぎないんだから。



***



 淡々とループをこなし、もはや何もかもが希薄になった頃だった。

『やから死なんといてってばー!』

 女の声がした。

 聞いたことのない女の声を聞きながら、俺は邪竜の爪に胸を貫かれて死んだ。

 最初は気の所為だと思った。

 けれども聞き間違いではなく、たしかに女の声が聞こえた。それも毎回、俺が死ぬ直前にだ。死なないでくれと、どうやら俺に向かって言っている。

(プレイヤーか?)

 空をキョロキョロ見上げてみても、画面の向こうは見えない。けれどプレイヤーは俺達を見ているのだろう。

(つっても、死ぬ直前しか声は聞こえないんだけどな)

 やや低めの声だ。年齢は……10代、という感じはしない。少なくとも二十歳は越えているような落ち着いた雰囲気がする。

『なんでそっちに行くん? そっちはあかんってば!』

 視界の隅にこちらへ駆け寄ってくるプレイヤーキャラが映った。いつも無表情に見えたのに、今はとても必死な顔に見える。……画面の向こうにいるプレイヤーも、こんな顔をして自分の死を見てくれているのだろうか。

 そう思いながら俺は、邪竜の尾に弾き飛ばされ、壁にぶつかって死んだ。


* *


 いつからか、その声を聞くのが楽しみになっていた。

『……で、ここで跳んで、一撃……入った! これで助か……うそ、なんで……』

『情報サイトの嘘つき』

『ええやん、別に。死ぬまでいかんでもさ』

『大怪我ぐらいでさ……後で完治しましたって、ハッピーエンドでもええやんか』

 声の主は、ゲームなのに、なんとかして俺を救おうとしているようだった。ルートがたくさんあるゲームだから、どこかに助かるルートがあるとでも思っているのだろう。

 確定事項だからバグでも使わない限り無理なんだが。

(しかもそんなにアクション得意でもないっぽいし)

 冒険中、奇妙なアクションしているのを何度か見たことがある。だいぶ操作に慣れてきただろうに時折ポカをするのだ。

(あ、コケた……可愛いなぁ)

 素早く移動する練習をしていたらしいのだが失敗してつんのめっているプレイヤーキャラを眺めて、気づくとそんなことを思っていた。

 まったくおかしな話だ。声しか知らない相手なのに、可愛いなんて。

(でもいつか、俺のことなんてどうでもよくなるんだろうなぁ)

 当たり前だが。このゲームの目的は邪竜を倒すことで、俺を助けることじゃない。そもそも俺はどんなルートでも絶対死ぬのだ。いつか俺のことなど忘れて、ゲームそのものに飽きて……この声ももう聞こえなくなるのだろう。

 ゲームの宿命だ。

 仕方ないことだと分かっていても、ズキリと胸が痛む。

(飽きる前に、せめて一目でも姿を見れたら、言葉を交わせたら……なんてな)

 ありえないことを願いながら、目を閉じた。


それが唯一の楽しみ。

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